迷子×2
珍しく部活が休みな土曜日。
美麗は部屋で暇を持て余していた。


『うーん………暇だなぁ。』


ポツリと呟いた時、携帯が着信を知らせた。ディスプレイを見ると、“財前光”と示されていた。


『……光?』


大阪にいる人が、一体なんの用だろうか。と不思議に思いながらも、通話ボタンを押す。


《あ、美麗先輩っスか?》
『うん。どうかした?』
《今すぐ来てもらえます?》
『は?』
《東京駅におるんで。》
『え、ちょ……え!?』
《ほな。はよ来て下さいよ。》
『ちょっとま……っ…アイツ切りやがったな!なんなのよもう!』


一方的な電話に腹を立てる美麗。ぷんすか怒りながらもしっかり身支度をし、東京駅へ向かった。


「あ、来た。遅かったスね。」
『うるさいわ!一体何なのよ!なんで東京にいるの!なんで私を呼び出すの!』


東京駅に着くとすぐに財前を発見した美麗が発した言葉は、「おはよう」でもなく「久しぶり」でもなく……「何の用だコラ!」的な文句だった。
不満をぶちまける美麗を見ても顔色一つ変えない財前は、すました態度を貫く。


「昨日から部活が休みやったから皆で東京遊びに行こうって話になって、東京来たのはええんやけど、ちょっと目を離した隙に皆がおらんくなってしもたんです。」
『……で?』
「東京広いし、ヘタに動くとあかん思いましてね。東京で誰か知ってる人に道案内頼もう思て…先輩呼んだんです。」
いい迷惑なんだよコノヤロー。大体なんで私なのよ。他にいないの?』
「いませんね。」
『……全く……皆…っていうとテニスレギュラー全員で来たの?』
「まぁ。」
『電話とかしてみた?』
「しましたけど、なんか名前聞いてもようわからん場所におるらしくて……」
『どこ?』
「浅草。」
『浅草って…下町じゃないの。ここからけっこうな距離あるわよ。』
「とりあえず皆そこで待っててくれるらしいですわ。」
『………案内しろってか。』
「頼んます。」
『仕方ないわね……行くわよ。』


二人は浅草に向けて、歩き出した。


「先輩。」
『ん?』
「東京ってすごいっスね。」
『そう?』
「ビルデカすぎやし。首が痛いわ。人は多過ぎやし。どっから湧いてくんねん。」
『大阪も似たようなものじゃない?』
「それでも東京ほどやないですわ。」
『ふーん。』
「ていうか先輩。」
『何?』
「どこに向かっとるんですか?」
『あのねぇ!アンタが美味しいぜんざいが食べたいっていうから!』
「…あぁ忘れとった。…すんません。」


浅草に行く前に、財前は東京に美味しいと評判のぜんざいがある店に行きたいと訴え、現在東京都内を歩き回っている。


「ホントに道こっちで合ってるんですか?」
『東京者ナメんなよコラ。東京都内なんてね、私にとって庭みたいなものなの。それに、その店は私も知ってるし。間違えるわけないじゃない。』
「へぇ。」


自信満々な美麗を見て、財前は感心した。さすが都会っ子。頼りになるわ。と思ったのもつかの間………


『…………』
「…………」
『………』
「……美麗先輩…」
『…なぁに?』
「東京都内は先輩にとって庭みたいやなかったんですか?」
『……』
「店知ってるんやなかったんですか。」
『………』
「間違えるわけないって言ってたのは誰ですか。」
『……さぁ…?光、耳おかしくなったんじゃない?耳鼻科行く?』
「殴りますよ?」
『ごめんなさい私が言いました。』



グッと握られたこぶしを見て、美麗は素直に頭を下げた。
極度の方向音痴な美麗は案の定、道に迷った。さっきまでたくさんの人で賑わっていたのに、今はなぜか暗い路地にいる。


「…先輩、方向音痴なんスか?」
『…そ、んなわけないでしょう!これはあの…た、たまたまよ!そうたまたま。たまたまなの!!』
「……はいはいわかりました。(なるほど…方向音痴なんやな。)」



必死で言い訳する美麗を見て、財前は小さく笑った。
とりあえずこの薄暗い路地を抜け、人通りが多い場所に出る。


『もうぜんざいは諦めようか。』
「諦めんの早過ぎやろ。」
『だって…………あ、見つけたー!』


美麗がビシッと指さす先には、お目当ての店。財前は『作戦通り!』なんて笑う美麗を横目にさっさと店に入る。
30分くらいして、満足そうな顔をした財前達が店から出てきた。


「やっぱ美味いっスね。ぜんざい。最高やわ。」
『そうね。私もあそこのぜんざいは好きよ。…さーて、浅草行くんでしょ?』
「…道わかるんですか?」


財前はじとーっと疑い深い眼差しで美麗を見る。


『大丈夫よ!浅草なら。』
「……(心配やわ……)」


不安な心を抱えたまま、財前は美麗に着いていく。だが、すぐに信用して着いて行った事を後悔した。


「………美麗先輩。」
『………はい。』
「先輩に着いていった俺がバカでしたわ。」
『……』
「全然大丈夫やないやん。どこここ。」
『…えーと………し、新宿……』
「…新宿て…浅草と正反対やないですか。」
『だねー。』
「どうしたらここにたどり着くんやろ……ホンマ不思議やわ。」



浅草に行くはずが、なぜか新宿に着いてしまった。新宿と浅草は正反対。財前は深いため息をつき、おもむろに携帯電話を取り出した。
何回かボタンを操作し、携帯を耳に当てる。


「…あ、部長?俺です。はい、今美麗先輩とおるんですけど……あきませんわ。この人。」
『!?』
「道間違えて今新宿におるんです。はい……はい。わかりました。じゃあ待ってますんで。」


財前は携帯を閉じ、ポケットにしまった。


『電話、蔵ノ介?』
「はい。」
『なんて言ってた?』
「笑ってましたけど。“アホやな美麗ちゃんは!”って。」
『な、なんですって!?』
「今からこっち来てくれるらしいっスわ。」
『あっそ。ていうか最初からそうしてもらえばよかったのに!』
「そうですね。その方がよかったわ。」
『私必要なかったんじゃない。光のバカ!もう帰る!』


ムッとした顔をしながら、美麗は財前に背を向けずんずん歩いて行った。


「あ、先輩!」
『……何よ。』
「わざわざありがとうございました。気ぃつけて帰ってくださいね。」
『………フン。じゃあね。』


照れたようにそっぽを向き、今度こそ帰っていった。
美麗の後ろ姿を見つめながら、財前は目を細めながらおかしそうに笑った。



「財前ー!ねーちゃんはぁ!?」
「もう帰ったわ。」
「えー…帰ったんー?会いたかったわぁ。」
「財前、お前わざと迷子になったやろ。美麗ちゃんに会いたくて迷子になったんやろ。」
「あ、バレました?」
「バレバレやっちゅー話や!うらやましい奴め!」


to be continued...


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