ジュニア選抜【1】
夕方。練習を終えた選手達はお腹を空かせて食堂へやってきた。


「美麗先輩!ご飯大盛りでお願いします!」
『はいはーい。』


美麗は茶碗にご飯をテンコ盛りにすると、桃城に渡した。


『このくらいでいい?』
「……いやさすがにここまでは…」
『おかわりしないで済むからいいでしょ?』
「…まぁ…」
『早く席戻りなさい!次が待ってるんだから!』


桃城をグイッと押しのけ、次の人を呼ぶ。せっせとご飯をよそい、はい。と渡していく美麗の耳にガシャン!と食器が落ちる音が響いた。


「切原ァァァァ!!」


何事かとそちらに顔を向けると、神尾と赤也が喧嘩をしていた。慌てて近くにいた大石らが止めるがなかなかおさまらない。
すると、美麗が眉を潜めながらやってきた。


『赤也、鬼太郎も…何してるの。』
「…鬼太郎じゃないスよ。」
『なんでもいいわよ。それより、ご飯ぐちゃぐちゃじゃない!なんて事するの!』


美麗は床に散らばったご飯の残骸を指さし怒る。


「…すみません…」


神尾は小さく謝ると、さっさと食堂を出て行った。しーんと静まり返る食堂に、片付けてけよー!!と叫ぶ美麗の声がこだました。


その夜。お風呂から上がり部屋に戻る途中だった美麗の元に、青学一年のカチローが慌てながら現れた。


『カチローじゃない。どうしたの?』
「美麗先輩!切原さんが大変なんです!」
『?髪の両でも増えた?』
「はい…って違いますよ!切原さん、ケガしちゃったんです!それで手当てを頼みたくて…」
『…わかった。ちょっと待って。』


美麗はいったん部屋に戻り、救急箱を手に持つとカチローに引っ張られ赤也がいる場所へ向かった。
ロビーには竜崎班が全員集合しており、最初に美麗に気付いたのは梶本だった。


「…雪比奈さん…」
「あ?美麗?」


梶本に続き、宍戸も気付く。
美麗は椅子に座る赤也に近づいていく。


『赤也、アンタ何したの?』
「別に…」
『手当てするから、じっとしてて。』
「いいっスよそんなの。たいしたことない…」
『いいから大人しくツラ貸せや。』
「……は、はいぃ…!」


ヤンキーみたいな言い草に周りは苦笑。赤也も大人しくなった。


『で?何があったの?』
「それが…切原さん、階段から突き落とされたみたいで…」
『誰によ?』
「…か、神尾さん…」
『神尾?誰だっけ。』
「ええぇ!?不動峰の神尾ですよ!ほらあの鬼太郎髪の!」
『あぁー、あれ神尾って言うんだっけ、忘れてた。』
「…大丈夫かお前…」

『で?突き落としたのが神尾だって証拠はあるの?』
「俺達が見たんス。逃げる人影を…」
『ふーん…』


興味なさげに相槌を打つ美麗は消毒液を染み込ませた綿を赤也の頬に押し付ける。


「い…っ!」
『我慢。』


絆創膏を貼り終え、はい終わり!と救急箱を閉じる。


「神尾がねぇ…」
「確かに、夕飯の時喧嘩していたからなぁ。」
「でも、どんないきさつがあっても暴力はNGですよ。」


鳳は神妙な面持ちで言う。


「もう少しマシな奴だと思ってたのにな。」
「いい加減にしてくれ!」


今まで黙っていた赤也が立ち上がる。


「俺はただ足を滑らしただけだって言ってんだろ!!」
『赤也滑ったの?ダッサー。』


ぷぷぷと笑う美麗に、赤也はうぐっとつまる。


「…おいそこの青学の一年!」
「お、俺っスか?」


赤也は堀尾を軽く睨む。


「テキトーなこと言うのはやめてくれ。俺は誰とも喧嘩なんかしちゃいない!」
「で、でも俺確かに逃げる人の姿を見たんスけど…」
「気のせいだ。」
「まるでミステリーだなぁ…」


ポツリと呟く桃城。


途中で神尾が現れ、話はさらに謎を増した。神尾はやってないと強く言い張り、赤也も神尾は関係ないと言う。犯人扱いされた神尾は新犯人を捕まえてやらぁ!と熱く燃え、さっさと部屋に戻って行った。


『…ま、どうでもいいけど、あんまりバカな事はしないようにね。じゃ、私ももう寝るから。おやすみー。』


そう言いその場を去ろうとしたが、「あの、美麗ちゃん!」と大石が引き止めた。


『何?』
「この事、他の人には言わないでくれないかな。大事にしたくないんだ。」
『…わかった。』



あまりよいスタートとは言えない合宿一日目だった。


to be continued...


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