初体験
「「「……」」」
「…大丈夫ー?」
『…早くどいて。』


パッと美麗の上からどいたジローはゴメンねー。と可愛らしく笑う。
ムクリと起き上がり、立とうとした。が、またつるっと今度は仰向けに転んだ。しかも転んだ拍子に頭をぶつけたらしく、ガンッと鈍い音がした。


「「「……」」」
「ぶ…っ!」
『……』



妙な空気が流れ、跡部の小さな笑いが響く。
え、なんでこけたの?わざとだよな?まさか、え?嘘だろ?的な微妙な空気。宍戸がおそるおそる、訊ねる。


「…なぁ美麗。お前、まさかスケート滑れないのか…?」
『……………悪い?』


意外とすんなり認めた美麗は身を起こし、座ったまま彼らを見る。


「「「「えええええ!?」」」」
「ぶはっ」



リンク内には全員の驚きの声と、跡部のバカ笑いが響いた。


今だに笑いがおさまらない跡部は肩を震わせながらも美麗に手を差し出す。死ね!と頭を殴られても、笑いはなかなか止まらない。


「まさか美麗先輩がスケート滑れないなんて…!」
「マジかよ…予想外だったぜ…」
「美麗ちゃんってなんでも完璧にこなしちゃうイメージだよねー…びっくりだにゃ。」
「確かに。意外だったな。」
「スケートが初めてな確率、95%。」
『…そうよ、初めてよ!なんか文句あるの!?私だって人間なんだから出来ない事の一つや二つあるっつーの!』
「「「え!?」」」
『何その反応!私をなんだと思ってたのよ!』
「「「怪物みたいな人」」」
『………っ!』



声を揃えてはっきり言う彼らに、美麗は殺意を覚えた。
額に青筋を浮かべ、殴りかかろうとしたが上手くバランスが取れずすっころぶ。


『いったー…!』


跡部達は腰を押さえる美麗を見て優越感を感じた。スケートが出来ない美麗は殴りたくても殴れない。


『…っテメーら覚えてろよ!』


悔しさを滲ませる美麗はキッ!と跡部らを睨み、フラフラしながらも端っこへ移動する。
移動中、何回も転んだがようやくたどり着く事ができた。
(端っこまでたどり着くのにかかった時間、約15分。)
皆それぞれ好きなように滑っている中、美麗だけは端っこで練習中。真剣な表情だが、心の中では絶対ギャフンと言わせてやる!と燃えていた。
不安定な足元。思い通りに出来ず、ムカッとくる。
何回が手を離してチャレンジすると、少しだけ進んだがまだ不安定なまま。バランスを崩し、ステンと転ぶ。
成り行きをずっと見ていた者は思わずぶっ!と吹き出した。
美麗は座り込んだまま怒る。


『人が一生懸命やってるのに笑うなんてサイテー!てゆーかなんで見てんのよ!』
「「面白いから。」」
『……っムカつくゥゥゥ!!』



ムッキー!と怒りをあらわにする美麗は立ち上がろうとするが、つるつる滑ってなかなか立ち上がれない。見かねて、近くにいた日吉が美麗にそっと手を差し延べる。


「ほら、捕まって下さい。」
『…若…ありがと……っわっ!?』


日吉の優しさに感激し、ありがく日吉の手を取り力を借りて立ち上がろうと腰を上げた。
だが、ガッと足が縺れてしまいグラリと前に傾く。日吉が咄嗟に支えるものの、足元は不安定な氷なため、バランスを失う。


「…っう、わ!」


そのままドサッと倒れ込む二人。頭を打ったらしく、痛そうに眉を潜める日吉だったが、ハッと息を呑んだ。


「……!」
『…ったぁー……若大丈夫?』


目を見開き、動かない日吉。
その顔はみるみるうちに赤く染まる。周りは二人の状況(体制)に赤面する。わけがわからない美麗はただ首を傾げるばかり。
日吉の目の前には美麗の美しく整った顔。優しい赤色の瞳が、日吉を映している。驚くほど近い距離に、日吉の心臓はバクバクだった。


「…せ、先輩。早くどいて下さい。」
『…………あ。』


そこでようやく自分達の体制に気がついた美麗。
日吉の手を借りて立ち上がろうとしたが足が縺れ、日吉がなんとか支えようとしたがバランスが上手く取れず、二人とも転倒。前に倒れた美麗と、後ろに倒れた日吉。当然、美麗が日吉を押し倒している形になる。
日吉や皆の顔が赤い理由は、これだったのだ。


『ゴメン。』


そっと日吉の上からどいた。日吉はムクリと起き上がり、ふぅ、と息をついた。内心では安心したような、ちょっと残念なような…複雑な気持ちだった。
今度はどちらも転ばずに立ち上がると美麗はありがとね。と御礼を言い、また練習を再開した。日吉は頑張って下さい。と言い置き、その場を離れた。

しばらくすると、美麗はコツを掴んだらしく、スイスイ滑れるようになった。


『どーよ景吾!滑れるようになったわよー!』
「…やっとか。」


美麗がスケートを滑れるようになったまでかかった時間、30分ちょい過ぎ。現在は気持ちよさ気に滑っている。
ついさっきまでスケートが滑れなかったのが嘘のように、綺麗で、無駄が一切なかった。


『ねぇ。』
「どうした?」
『コレ、どうやったら止まるの?』
「は!?」
『止め方知らないわ。』
「な…っバカかお前はー!」



跡部は慌てて美麗を追いかけ止め方を説明するもちんぷんかんぷんらしく、頭にハテナマークをいくつも浮かべる美麗。
そうこうしてる内に、目の前には壁が迫る。


「美麗!曲がれ!」
『は?え、どうやって…!』


曲がり方も知らない。
跡部は焦ったようにチッ、と舌打ちをして、グイッと美麗の腕を自分の方へ引く。


『!?ちょっ…!』


突然の事に、バランス感覚を失った美麗が跡部の方に倒れ込むが、跡部はバランスを失う事もなく美麗をギュッときつく抱きしめた。
体を張って壁にぶつかるのを防いだ跡部に、周りからはパチパチと拍手が湧く。

放心状態の美麗の頭を、跡部はポカッと叩く。


「ったく…まだ全然ダメじゃねーか!」
『…うー…ゴメンナサイ。』
「…仕方ねェ。俺様が教えてやる。」
『え?もういい…「危なっかしいんだよお前は!」…嘘ぉ。』


危なっかしいと言われ、軽くショックを受ける美麗。
スケートに関してだけな。と補足を受け、あぁ、なるほど。とちょっと安心。
そして、跡部にスパルタ指導された美麗は曲がり方も止まり方も完全にマスターした。
…途中、何回も喧嘩をしながらだったが。

その後は皆で誰が1番速いかを勝負したりと、スケートを満喫することが出来た。


to be continued...


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