マネージャー希望者
「美麗目当てか?」
「いや、それはないんちゃう?もし仮にそうやとしたらもっと早くからマネージャー希望したやろうし…」
「あっあの…!僕…!」
『アンタ、名前は?』
「い、五十川一真です!」
『なんで今マネージャーやろうと思ったの?』


試すような、少し冷たい眼差しを向けられ、男子生徒、五十川一真はたどたどしくもしっかりとした口調で美麗を見上げる。


「僕、テニスが好きなんです。実際にプレイするのも好きなんですけど、どっちかというと見る方が好きで…マネージャーになるのもいいかもって思って、一度見学に行ってちょっと様子見てから声かけようと思ってたんです。」


でも、と五十川は続ける。


「僕が見学に行った時、もう既に雪比奈先輩がいて、レギュラーの皆さんも平部員の皆さんも前に練習風景見た時より格段に効率がよくなってて、一人でテニス部を支える雪比奈先輩を心の底から尊敬しました!雪比奈先輩がいたから、きっと全国ベスト8っていう素晴らしい記録が出たんだと思います。」
『……そうかしら。』
「そうなんです!あれから僕、暇さえあればテニス部を見学してたんですけど、やっぱり雪比奈先輩の働きはすごいです!」
「サボりまくってた奴がすごい?」
「俺ら美麗が真面目に働いてんのを見たのたったの三回だぜ?」
「俺様の方がすごいに決まってる。」
『黙れ。』



五十川の言葉に首を傾げる向日らを黙らせ、続きを促す。


「ただ椅子に座って寛いでるだけに見えるけど本当はちゃんと仕事こなしてますよ!誰よりも選手のことを見てるし、寛ぎつつもノートにメ『それは言わなくていい!』…とにかく、僕は雪比奈先輩みたいになりたくてマネージャーやろうって思いました。」
『……』


五十川は、美麗のことをよく見ている。こんな風に見られていたことを全く知らなかった美麗は珍しくたじろいでしまった。


「本当はもう少し早くマネージャーをやりたいって言うつもりだったんですけど…勇気が出なくて……。でも部長が日吉先輩に変わってからも雪比奈先輩は度々マネージャーの仕事をするため部活に顔を出してるの見て、やっぱりマネージャーをやろうって、決めて……それで、」
『……本気でやりたいの?』
「え…」
『テニス部は200人以上いるのよ。それを一人で支えられる?マネージャーの仕事は正直に言うとかなりキツいわ。アナタみたいな貧弱者がこなせるとは思わないけど。』


冷たい言い方にも、五十川は怯むことなく力強く頷いた。


「やります!やり遂げてみせます!」
『……わかった。』


意思の強い真っ黒な瞳を見て、ようやく美麗は笑みを浮かべた。


『若。』
「はい。」
『この子採用。』


美麗の言葉に、元レギュラー陣が称賛の声を上げる。


「あの美麗に認めてもらうなんて、お前やるじゃねーか。」
「うんうん、すごいC〜!」
「これで心置きなく卒業できるね。」


盛り上がる彼らを尻目に、美麗は五十川に声をかける。


『一真、だったっけ?』
「はい!」
『おいで。』
「?」


手招きされ、案内された場所は美麗が使っていたマネージャー専用の部屋。


「ここって…」
『一真の部屋になるわね。』
「え!」
『マネージャー専用の部屋なんだから、当然でしょ?好きに使っていいから。』
「は、はい。」
『あと、これあげる。』


差し出されたのは、数冊のノート。


「…あ、これって…」


五十川はそのノートに見覚えがあった。専用のパラソルの下で寛ぎつつも、手だけは休むことなく動かしていたのを彼だけは知っている。これはその時のノートだ。パラパラと捲ると、ビッシリと、綺麗な字で埋め尽くされていて、五十川はその内容に目を見開いた。


「……先輩。」
『…なに?』
「やっぱり先輩はすごいです!」
『当然。』


そのノートは、美麗がいつか自分の後を引き継いでくれる新しいマネージャーが出来た時に渡そうと思っていたもの。二年生と一年生の部員全員の名前に顔写真に、プレイスタイル、プレイする上での特徴に弱点、長所など、立海や青学のデータマンにひけをとらないほど上手く纏められた一冊。レギュラー専用のノートもあって、これだけの量をたった1年で書き上げてしまったのかと思うとすごいとしか言い様がない。


『頑張りなさいよ。』
「はい!」


五十川の頭をポンポンと撫で、優しく笑った美麗。


卒業を間近に控えた二月の下旬。
男子テニス部には新しくマネージャーが誕生した。
五十川一真。控え目だけど、意思が強くて真面目で、ちょっと頼りない一年生だ。


to be continued...


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