モテる女
休み時間ごとに増えるチョコと、女子に精神的に参っているのは跡部と美麗だけではなかった。テニス部レギュラーは全員、抱えきれないほどのチョコを貰い、女子に囲まれ、昼休みになる頃には意気消沈していた。
去年はこんなんじゃなかったのに、と呟く宍戸の言葉に全員が同意。


「あれ、跡部と美麗は?」
「あの二人なら呼び出しされまくってひたすら女子に追いかけ回されてる。」
「あ、さっき廊下をすごいスピードで走って行った美麗先輩見かけました。」
「そういえば女子が美麗様ー!お待ちになってー!って叫んどるの聞いたわ。相変わらずモテモテやなぁ美麗ちゃんは。」
「大変だよなー。」
「女って怖い、って、跡部さんと美麗先輩が揃って呟いてるのたまたま聞いたんですけど、あれは相当参ってますね。」


三限目の休み時間、トイレから戻る途中で跡部と美麗は人気の少ない階段の踊り場で項垂れているのを見かけた日吉は二人のげんなりとしたオーラにかける言葉が見つからず、スルーしたらしい。


「まだまだ増えるんちゃう?」
「だろうな。」
「放課後になったら他校の人にも囲まれそうですよね、あの二人。」
「…御愁傷様としか言えねぇ。」
「生きてるかな、跡部と美麗ちゃん。」
「……生きてるといいな。」


やけにしんみりとした空気が漂っている中、話の中心だった跡部と美麗は女子に捕まり身動きが取れない状況だった。
主に1、2年生といった後輩軍団のしつこさには完敗だ。美麗様、美麗先輩、美麗お姉様、女王陛下…など、美麗の名前を呼びながらどさくさに紛れて告白する女子生徒達にもう叱る気にもなれずただ固まるしかない。死んだ目で乾いた笑みを浮かべる美麗に跡部は内心で合掌。


「あなた達いい加減にしなさい!」


突如廊下に響いた凜とした声にそれまで騒がしかった女子達が一斉に押し黙る。
彼女達が左右に分かれることで美麗の通る道ができた。一体なんなんだ、と訝しげに眉をしかめた美麗が視線をその先へ向けると、そこには数人の女子生徒。黒髪ロングの女子を先頭にゆっくりとした足取りで歩いてくる。やがて美麗の目の前に辿り着くと、中央にいた黒髪ロングの女子が唐突にひれ伏した。


『え、なに?なんなの?』
「美麗様!」


突然のことに戸惑いを隠せない美麗の名前を呼び、黒髪ロングの女子は衝撃の一言を放つ。


「この度はわたくしめの配下の者が大変なご無礼をいたしまして、誠に申し訳ありません!美麗様ファンクラブ会長として謝罪申しあげます!」
『…ファンクラブ会長!?』


自分のファンクラブがあることは知っていたが、今までファンクラブを作った人物には会ったことがなかった美麗は今初めて知った事実に驚きを隠せない。


「ご挨拶が遅れましたが、わたくしがあなた様のファンクラブを設立した者でございます。本当はもっと早くご挨拶に伺うべきでしたのに…何分チキンな故、遅くなりました。申し訳ありません。」
『ていうかまず本人の許可取りなさいよ。なに勝手に作ってんの。』
「そうしたかったのですが…何分チキンな故…」
『どんだけチキンなのアンタ。』

「でも!さすがにこんな事態になってしまったからには会長であるわたくしが止めるべきだと思いこうして参上しました!本当は美麗様の前に姿を見せたくなどなかったのですが、仕方なく!」
『ねぇ、アンタ低姿勢なのか上から目線なのかどっちなの?私に喧嘩売ってる?』
「滅相もございません!わたくしは心の底からあなた様を崇拝しておりますわ!美麗様に喧嘩売るくらいでしたら跡部様に売ります!」
『……あ、そう。』

「美麗様、会員の暴走をどうかお許し下さいまし!」
「お許し下さいませ!」
「ほら、あなた達も謝りなさい!」
「「「申し訳ありませんでした!!」」」


会長が深く土下座をするのに倣い、両脇に控えていた女子達、さらには後ろで静かに見守っていたファンクラブ会員達がザッと一斉に土下座。まるで王に敬意を示す配下の者のように、見事な土下座だった。


『…別に怒ってないからいいわよ。頭上げなさい恥ずかしいから。』
「美麗様…っなんてお優しいのかしら!好きです!大好きです!」
「ちょ、会長抜け駆けは禁止ですよ!」
「わたくしは会長だからいいのです!」
「なにその理由!なら私は副会長なんだからいいですよね!」
「私は美麗様と顔見知りなので、いいですよね?」
「「よくありません!」」
「なんでー!?
美麗様は私のこと覚えてますよね!?」
『覚えてるわ。あのうるさい子でしょ?』
「そう!そのうるさい子!」
「柚子……あなた抜け駆けはよくなくてよ。」
「ふふーん!会長がチキンなのがいけないんですよ!」
「う…っ!」
『名前は忘れたんだけどね。』
「ガーン!」
「あははいい気味ー!」
「私、斎藤柚子です!柚子って呼んで下さい!」
『柚子ね、はいはい。』
「!きゃあああ美麗様が私の名前を…!幸せー!」

「ズルイ!美麗様、私、ファンクラブ副会長の大森「わたくしは矢野日和ですわ!是非日和って呼んで下さいまし!」ちょっと会長!普段チキンなくせになんでこんな時だけ積極的になるんですか!」
「お黙りなさい。」

「美麗様ー!私、大森小夜子ですー!」
「あなたは覚えてもらえるわけないわ。だって影が薄いもの。」
「チキンな会長に言われたくないわ!」
「なんですって?」
「でも美麗様は私の名前しか呼んでませんから、お二人の名前はきっと聞いてすらいませんよ。ざまぁみろ。」
「「黙りなさいバカ!」」



ぎゃいぎゃいと騒がしい会長と副会長、そして斎藤柚子。
またしても美麗そっちのけで言い争いが始まる。


「…お前のファンクラブ、ロクな奴がいねぇな。」
『アンタのところも似たようなものじゃない。』
「……行くか。」
『…そうね。』


あの三人が美麗と跡部の姿がないことに気づいたのは数分後のこと。


悲惨な一日は、まだまだ続く。


to be continued...


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