記憶【前編】
「――ちゃん、かえっちゃうの?」
「うん。」
「またあえる?」
「たぶんね。」
「ぜったいだよ!」
「つぎあったときもいっしょにあそぼうね。」
「うん、やくそく!」
「バイバイ、せいくん。」
「バイバイ、――ちゃん!」



ああ、またあの夢だ。
場面は違うけど、今朝見た夢と一緒。俺と、あの女の子。金髪だと思っていた髪はただ日の光に当たっていたからそう見えただけで、本当の髪色は蜂蜜色だった。相変わらず顔が見えないし名前も聞き取れない。今度こそ、顔が見たい。ねぇ、名前なんて言うの?こっち向いてよ。そう、問いかけた。
俺の声が届いたのか、女の子が振り向いた。今度ははっきり見ることができたその顔はまるで人形のように可愛くて、赤い瞳が印象的だった。あれ、あの蜂蜜色の髪に、赤い瞳……どこかで見た気がする。どこで見たんだっけ。あとちょっとで思い出せる、そんな時。ふと意識が浮上し、またもや釈然としないまま目が覚めた。

ぼーっとしながら、視線を窓の外に向ける。青空が広がる中にポツポツ浮かぶ白い雲を見つめ、やっと拝めた女の子の顔を思い出す。可愛い子だった。どこか見覚えのあるあの子は、誰なんだろう。一緒に遊んでいたくらいだから、友達だったのかな。

一日の授業を終え、真田と蓮二の三人で真田の家にお邪魔した。赤也が考えたっていう練習メニューを見ながら意見を出し合い、わずか一時間で作業は終了した。真田のが飲み物を取りに行っている間に部屋を物色し、昔のアルバムを発見。蓮二と二人でアルバムを眺めながら、爆笑したり爆笑したり爆笑したり。あれ、爆笑しかしてないや。


「昔は可愛かったのになぁ…なんでああなっちゃったのかな。」
「さあな。」
「貴様ら勝手に人のアルバム見おって…!けしからん!」
「いいじゃないか別に。ねぇ蓮二。」
「…弦一郎、俺は止めたんだ。だが精市がどうしてもって聞かなくて…」
「おい。」
「冗談だ。」



蓮二の冗談はわかりにくいよ。
そう呟きながら、アルバムをめくり、そこに映っていたある写真を見て思わず目を見開いた。


「……この子…」
「ん?ああ、これは美麗だな。」
「……美麗、ちゃん……」


真田と一緒に笑いながら映っていた女の子。蜂蜜色の髪に、赤い瞳をした人形のように可愛い子。俺の夢に出てきた子が、そこにいた。もしかして俺、昔美麗ちゃんと会ったことがある?でも全く記憶にないし…うーん、似てるだけかなぁ。


「美麗がどうかしたのか?」
「ああ、いや……夢に出てきた子とおんなじ顔だったから。」
「夢に?」
「そう。昔の俺が、美麗ちゃんにそっくりな女の子と一緒に遊んでる夢なんだけど…でも俺美麗ちゃんと遊んだ記憶はないから…他人のそら似かなって思ってね。」
「……そういえば、昔、俺と幸村がテニススクールで出会ってから何度か美麗と幸村も会っていたような気がする。」
「…え、本当に?」
「ああ、短い間だったからな…忘れているのも無理はないだろう。」
「…ふーん……」


そう言われてもなかなか思い出せなくて、でもどことなく懐かしさも感じる。ハッキリ思い出せないのが本当に気持ち悪い。
真田家を出て自宅に帰ったあとも、なんとか思いだそうと記憶を掘り起こす。でも氷帝に練習試合に行った時に初めて美麗ちゃんに会った時は懐かしさなんて感じなかったし、普通に初対面だと思った。それは美麗ちゃんも同じだったはず。やっぱり別人なのか…。ああわからない。

悶々と悩んでいると、母さんが部屋にやってきた。片手にビデオみたいなものを持って。


「精市、これ、アルバム整理してたら出てきたの。」
「なに、それ。」
「昔のビデオ。タイトルはー…“精市と美麗ちゃん"って書いてあるわ。」
「え、美麗ちゃん?」
「やだ忘れたの?あなたと少しの間だけ一緒に遊んでた女の子。とっても可愛い子だったじゃない。確か真田くんのいとこって言ってなかった?」
「……覚えてないんだ。」
「これ見たら思い出すんじゃない?はい。」
「ありがとう。」


母さんからビデオテープを受け取り、しばらく呆然とする。
やっぱり、俺は美麗ちゃんと昔に会っていたんだ。
ビデオを観ているうちに、思い出した。それはもう、ハッキリしっかりと。

それはまだ五歳の時。テニススクールで真田と出会ってからよく真田の家に遊びに行ったり俺の家で遊んだり公園でテニスをしたりしていた時。真田がいとこである美麗ちゃんを連れてきたのが、俺達の本当の出会いだったんだ。東京に住んでいる美麗ちゃんは夏休みを利用していとこの真田家へと遊びにきていて、一週間だけ、一緒に遊んだ。たった一緒だけど俺達はすぐに仲良くなって、お別れするのが寂しかったっけ。ああ、懐かしい。一週間しか会えなくて、それ以来一度も会うことはなかったから、忘れていたのも無理はないかもしれない。きっと美麗ちゃんも、覚えていないだろう。


ビデオを観ながら、次に美麗ちゃんに会ったらこのビデオみせてやろう。と、一人でこっそり決意した。


to be continued...
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