温泉旅行【2】
広い温泉には美麗一人しかおらず、貸切り状態。気分を良くした美麗はさっさと身体、髪、顔を洗い、のんびり湯船に浸かりぐっと伸びをした。ここの温泉はすべてが天然温泉で、いろいろな効能があった。室内には泡風呂があるし、炭酸泉もある。全部で4つの温泉を順に堪能したあと、お待ちかね露天風呂へ。誰もいないけれどなんとなく気恥ずかしくて小さなタオルで前を隠しながら露天風呂に続く扉を開けようと手をかけた時、微かに聞こえた声に一瞬動きを止めた。もしかしたら露天風呂に他の人がいるのかも、と。さして気にせず扉をスライドさせた。

立ち込める湯気のせいで人の姿は確認できないが、確かに人がいるのがわかる。その証拠に賑やかな声が聞こえてきて、やっぱり皆露天風呂にいたんだ、と思った。が、賑やかな声は女性にしては低めで、しかもつい先ほどまで聞いていた、馴染みのある声な気がしてくる。ん?と訝しみながら、ゆっくり湯船に近づくに連れて大きくなってくる声はやはり聞いたことがある。その時、湯船に浸かっている一人と目が合った。


『「………」』


宍戸である。
宍戸はビシリと固まったあと、顔を真っ赤にさせあからさまに狼狽えた。そんな宍戸の様子に気づいた跡部達が揃って視線を移すと、全員が目を剥いた。


「んな!?」
「え、み、み美麗!?」
「な、ななななんでいるんだ!!」
『それはこっちの台詞よ!!』


今までずっと固まっていた美麗は、はっと我にかえると叫んだ。


『なんでアンタ達が女湯にいるわけ!?覗きならまだしも完全に進入してくるとかありえない!!サイテーよぉぉお!!』
「は!?いやここ男湯だろ!」
『女湯です!ちゃんと女湯から来ました!』
「俺達も男湯から来たんだが……」

『……』


柳が指さす先には確かに扉があった。どうなってんの?と、水を打ったかのように静かになる。沈黙を破ったのは、跡部だった。


「なるほど、この温泉は露天風呂だけ男女とも繋がってんのか。」
「……混浴ってことですか?」
「恐らくな。」
『こ、混浴ぅぅぅぅ!!?』


美麗はわなわなと震え、若干赤い顔で跡部達を指さし怒鳴った。


『そういうことは早く言いなさいよ!!』
「んなこと言われても俺も今気づいたんだから仕方ねーだろが。」


しれっとした態度の跡部は見た感じは動揺の全くないいつもと変わらない態度。しかし内心心臓はドキドキだった。振り返った瞬間見えた白い肌と、柔らかそうな膨らみに、動揺しまくりであった。


「こ、混浴とか最高やん!美麗ちゃんせっかくやから一緒に入らへん?こっちおいで。」
『入るわけねーだろ!!』
「いやそれにしても綺麗な肌やなぁ……あ、あかん鼻血出てきた…がふっ!
『死ね!!ジロジロ見てんじゃねー!!あっち向け!』


鼻血を出しながら近付いてくる忍足を蹴りあげながら、怒鳴る美麗。その声にハッとなった彼らは慌てて顔を反らした。その隙に美麗はダッシュで露天風呂から出ていく。静寂の中、水の音とさわさわとそよぐ葉の音だけが響いていた。


「…美麗先輩、やっぱスタイルいいっスよね。」


静寂を破った赤也の呟きに続き、忍足が鼻血を拭いながら告げる。


「いつも思っとったけど胸デカいよなぁ…」
「お、おお忍足ぃ!貴様俺の美麗をそんな目で見ていたのか!けしからん!」
「しゃーないやん!あんな目の前に好きな子の裸体があるんやで!?これが興奮せずにいられるか!」
「…侑士キモい。」

「まぁわからなくはないけどねー。」
「は、何を今更。美麗のスタイルがいいのは見たらわかんだろ。」
「ふむ、バストはC、といったところか。いや、もう少しあるか?」
「やめんか蓮二ー!!」



彼らの脳裏にしっかりと焼き付いている美麗のなめらかそうな白い肌とほどよく引き締まり、かつ細く長い足。湯気は確かに多かったが、ハッキリ見えたその無防備な姿は思春期真っ盛りな男達にとってはかなり刺激が強い。宍戸と柳生は我慢できずに鼻血を噴出させ狼狽えるほど。

なんだか落ち着かないまま入浴を終え、部屋へと戻る。
先に出ていた美麗は桜の間でもうすでに眠っていた。というかふてくされている。声をかけても返事はなく、布団へと潜ったまま出てこない。


「先輩ー!美麗先輩ー!」
『うるさいうるさいうるさい!私はもう寝た!寝たから話しかけないで!』
「いや答えてる時点で寝てないだろぃ。」
『アンタ達なんて嫌いよ!二度と口聞いてやんないから!』
「いやもう会話してるじゃねーか。」

「先輩寝るなら俺も一緒に!」
『嫌よ!』
「約束したじゃないっスかー!」


布団を引っ張る赤也とそれを阻止しようと押さえる美麗。騒がしい二人に、跡部達は呆れたように肩を竦めた。
結局赤也の粘り勝ちで、一緒の布団で寝ることで落ち着いた。
静まり返った部屋に、それぞれの寝息が聞こえる。朝方4時。まだ暗い中、美麗はふと目を覚ます。隣を見れば赤也がよだれを垂らしながら気持ちよさそうに眠っていて、なにやら寝言まで言っていた。部屋を見渡し、皆がまだ眠っていることを確認すると美麗はそっと、部屋を出て行った。

向かう先は温泉。
昨日の夜入れなかった露天風呂にどうしても入りたくなったのだ。この時間ならきっと誰もいないだろうと、安心しきって露天風呂へ。


『あー…気持ちいい。』


案の定露天風呂には人はおらず、やっと入れた温泉。解放感を感じ、快適な気分。ホッと息をつき、暗い空を見上げる。綺麗な半月がぽっかりと浮かぶだけで、完全なる闇。なんだかちょっと怖いかも、と思った時、パシャリ。水の跳ねる音が響きびっくぅ!と大袈裟なまでに肩がはねる。
恐る恐る振り返ると、そこには目を丸くさせた真田がいた。


『げ、弦…!?』
「な、み、美麗?なぜこんな時間に…!」


バッタリ鉢合わせをしてしまった二人は気まずそうに顔をそらし、決して目を合わそうとしない。しかし、先に耐性をつけたのは美麗の方だった。


『いつまで立ってるつもり?風邪引くわよ。座れば?』
「あ、ああ……いや、え?」
『いいから座りなさいよ!』
「はい!」



どば!と勢いよく肩までつかる真田は、美麗と少し距離を開け腰を落ち着けた。


『……』
「……」
『……なんか、一緒にお風呂って久しぶりよね。』
「…そうだな。」
『……』
「……」
『……ねぇ弦。』
「…ん?なんだ。」
『………ううん、なんでもない。』
「?」


なぜだか、今真田といるこの時間が愛しく思ってしまった美麗は小さく笑い、甘えるように真田に引っ付いた。直に感じる美麗の肌に真田の顔が真っ赤になったのは言うまでもない。


to be continued...


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