このままずっと
「ねぇ、君可愛いね。」
『は?』
「一人で何してんの?」
「よかったら俺らと遊ばない?」
『何?ナンパ?アンタ達自分の顔鏡で見たことあるの?よくもまぁそんな見苦しい顔で私に声かけたわね。恥知らずにも程があるわ。』
「「……」」

『悪いけど、頭と顔の悪い男に興味ないの。あっち行って。』


跡部が隣にいなくなったと同時に美麗を囲んだのは三人組のチャラチャラした男。
ナンパなど、外に出れば当然の如くされてきた美麗にとっては驚くことではない。対処法も知っている。大抵の男は辛辣な言葉を浴びせれば泣きながら、あるいは意気消沈しながら去っていく。きっとこのチャラ男達も同じだろうと、睨みを効かせながら吐き捨てた。
しかし、この三人は違った。泣くでもなく、怯えるでもなく、ただ面白そうに、口元は弧を描く。


「いいね、そういうの。」
「強気な態度だと尚更連れて行きたくなる。」
『……は?』
「怯えたようにオロオロする女より、強気な女の方が好物なんだわ俺ら。君は俺らの大好物に値する。」
『人を食べ物みたいに…!人間食べるなんてありえない!化け物か!』
「…いや、そういう意味じゃないから。」

「意味わかってない感じ?」
「いいねー、強気だけど純粋。ますます食べたい。」
『だから私は食べ物じゃない!そんなにお腹空いてるならそこら辺で定食なり残飯なりパンのカスなりなんでも食べればいいじゃない!』
「うん、定食はいい。でもなんで残飯とかパンのカスとかが候補に入ってんの?」

「可愛いねー、本当。」
『!?』


気を悪くするどころか、さらに楽しそうに笑うチャラ男の一人に肩を抱かれ、ぎょっと目を見開く美麗。逃れようと抵抗するが男達は気にせずぐいぐい引っ張る。右に肩を抱く男、前に腕を引っ張る男、後ろに背中を押す男。四方を囲まれ、明らかに焦りを浮かべる美麗。これはマズイ。どうしたらいいのか、必死に思考を巡らせている間も、男達は歩みを止めない。
心の中で跡部の名を呼んだ時。


「おい。」


低く、怒気を孕んだ声が背後からかけられ反射的に振り向く。
そこには静かに佇む、跡部の姿。表情はいつもと変わらないように見えるが、美麗にはわかる。彼は今、怒っている。眉間に寄せられた皺、細められた瞳がそれを物語っていた。


「…なんだお前。」


チャラ男達は突然現れたイケメンに少なからず狼狽えた。
さらには怒っているような雰囲気を悟り、一瞬怯む。しかしそれはほんの一瞬で、すぐに気を持ち直した一人が強気に言い放つ。


「お前もこの子狙ってるわけ?残念だけど、俺達が先にゲットしたから。」
「他当たれよ。」
「……その手を離せ。」
「うるせェな。」
「行こうぜ。」
『ちょっと!離しなさいよ!ブッ殺すぞ!』
「女の子がそんな物騒なこと言わないの。」
『いい加減に……っ!』


怒りを露に声をあらげた時、跡部が動いた。
美麗の肩を抱いていた男の腕を力強く掴むと「うっ」と苦痛に歪む男の顔。掴まれた腕からはミシミシと音が聞こえる。それだけでどれほど力を入れているのかがわかった。


「な…っテメ何しやがる!」
「人のモンに手ェ出すんじゃねェよ。」
「はあ?ふざけんな……っ!」
「失せろ。」


美麗を自分の方に引き寄せ、ギュッと抱きしめながら吐き捨てる。蒼い瞳を鋭く光らせ、男達を睨む跡部のその凍てつくような冷たい眼差しに、完全に萎縮した男達は慌てて走り去っていった。


『……』
「……ったく、油断したぜ。」
『…私、いつから景吾のものになったのかしら?』
「言葉のあやだ。気にするな。」


それに、あの場合はああ言う他なかったんだ。と、呟く跡部は美麗に怪我はないかと問いかける。大丈夫だと笑うと、ようやく眉間に寄せられた皺はなくなりいつもの表情へと戻った。


『ありがとう、景吾。』
「…それより、お前はもう少し警戒心を持て。」
『充分持ってますけど。』
「もっとだ。常に話しかけるなオーラを出して歩け。」
『んな無茶な!』

「だいたいお前は言葉の意味を理解していないからあーいう男共は調子に乗るんだよ。」
『言葉の意味ぃ?』


わけわかんないんだけど。
そう言って、眉をしかめる美麗を見つめ、跡部は小さくため息をついた。普通に下ネタ発言に悪態ついたり、変態が嫌いと豪語しているのに、変なところで純粋な美麗。そこが彼女の魅力の1つなのだが、言葉の意味を知らないといざという時危険だ。
さきほどの男達は明らかに、誰がどう見ても美麗の体目的だろう。食べたい、とは即ちそういう意味だ。だが美麗はその意味をわかっていない。ただ単に自分を本当の食べ物だと思っているがための、怒り。はっきり言ってやるのも時には必要だ。しかし知ってほしくない。でも知った方がいい。でもやっぱりそのままの純粋さでいてほしいと願わずにはいられない。
どうしたものか、と思案すること数秒。跡部の中で出た結論は至って簡単なものだった。

自分が守ればいい。
誰かが美麗の側にいる限り、男達は声をかけることはない。
ならばなるべく美麗を一人にしなければいい。仮に一人になってしまっても、すぐに助けに入るなりなんなりすれば問題ない。完璧だ、さすが俺。と跡部は自分が出した考えに自画自賛する。…美麗に助けはいらない気がしないでもないが。


『景吾、その顔気持ち悪い。』
「うるせェよ。」
『そんなことより、言葉の意味って何?』
「なんでもない。気にするな忘れろ。」
『はあ?』
「おら、さっさと帰るぞ。」
『あ、ちょっと!』


問いつめてくる美麗の言葉を交わし、跡部は歩みを早めた。
慌てて追いかけてくる美麗は跡部の隣に並ぶと、まだ腑に落ちない表情をしながらもそれ以上聞いてこなかった。
商店街を抜ければ家まであと少し、という時、「美麗?」と背後から名前を呼ばれ、二人は立ち止まる。


『あ、お母さん。』


そこにいたのは、美麗の母親。
買い物袋を下げているところを見ると、買い出しの帰宅途中だろう。母、紗夜は美麗と跡部に歩み寄ると、微笑ましそうに口元を緩ませた。


「今帰りなの?相変わらず仲良しねー。お母さん嬉しい。」
『お母さんも?』
「そうよ。景吾くん、久しぶりね。」
「お久しぶりです。」
「景吾くん、たまには家にも遊びに来てね。翔が寂しがってたわ。」
『あー、確かに、翔最近、景吾景吾うるさいわ。』
「そうか。」
「あ!いいこと思い付いた!」


家へと向かう道の途中、紗夜が突然大きな声を上げた。
びくつく二人を見て、母は美麗によく似た、綺麗な笑顔を浮かべ言い放つ。


「景吾くん、今日家に泊まったら?」
『「はい?」』
「翔も喜ぶし、美麗だって嬉しいでしょう?景吾くんが家に泊まるなんて何年ぶりかしら。最近は家に来ることもなかったし…ね、そうしなよ!」
「いやでも明日学校…」
「荷物持ってくればいいわ。景吾くんの分のお弁当も作るし、心配ナッシング!」
『……お母さん無茶言わないで!本当にもういっつも突然なんだから!』


グッと親指をたて、満面の笑顔を浮かべる母を呆れたように見つめ、美麗はため息を溢す。


「(…やっぱりそっくりだな、この母娘。)」


跡部は母親の仕草や行動が美麗にダブって見え、まるで美麗が二人いるかのような感覚に陥っていた。


「ね、泊まってきなよー!」
『……ああ言ってるけど、どうする?私は別に構わないわよ。』
「……迷惑じゃ「ない!むしろ大歓迎っ!」……じゃあ、そうさせてもらいます。」
『…いい歳して何媚売ってんだか。』


嬉しそうに笑う母親を睨み、美麗が悪態をつくが、「…美麗は夕飯抜きね」と冷やかに言われ慌てて謝った。今日の夕飯はすき焼きよ!と高らかに宣言する母はスキップでもしそうなくらい軽やかな足どりだった。

久しぶりに訪れた美麗の家に入るや否や、弟である翔が走ってきた。跡部の姿を見つけると、これまた美麗に似た笑顔を浮かべはしゃぎ出す。「景吾兄ちゃんだー!久しぶり!」「翔、今日景吾くん泊まってくからね。」「え、本当!?じゃあ朝まで一緒だ!わーいわーい!」
ピョンピョンと飛び跳ねながら、嬉しそうに笑う翔に、跡部もつられて笑う。昔から翔は跡部を好いていた。本当の兄のように慕ってくれる翔を、跡部もまた可愛がっている。本当の兄弟みたいに仲がいい。母も父も、跡部を大層気に入っているためか、毎回手厚く歓迎されるのだ。

夕飯が出来るまで時間は少しある。翔は跡部の手を引っ張り、さっそく遊ぼう遊ぼうと誘う。
美麗は夕飯作りを手伝おうかと思ったが母にあっちいけと言われしまい、仕方なく遊びの輪に加わる。


「マリオカートか、テニスどれがい「テニス。」『マリオカート。』……じゃあ両方やろ!まずどっちから「テニス。」『マリオカート。』……」
『「………」』


バチリ。美麗と跡部の間に、火花が散ったのを弟は見た。さささっ、と二人から離れ、おさまるまで待つ。


『ここは私の家なんだから、私の意見が優先でしょ。』
「俺は客人だぞ。普通は客人の意見を優先だろが。」
『うるさいわね!この家じゃ私がルールよ!』
「認められるかそんなルール!客人に譲れ!」
『絶対いや!』

「はいはいはいご飯ですよー。」


結局夕飯が出来上がるまでの間をずっと言い合いに使い、ゲームはおあずけ状態に。二人の喧嘩も一時休戦かと思われたが、すき焼きを美味しく食べていた時に、それは起きた。
ラスト1つのお肉に、二つの箸が同時に伸びる。お肉は1つ。でも食べたい人物は二人。当然睨み合いが始まるわけで。


『お箸どけてよ。』
「お前がどけろ。」
『私が先に取ったんだから!』
「いや、タイミングは同じだった。」
『いいから私に渡しなさい!』
「ここは客人に譲れよ!」
『景吾のものは私のもの!私のものは私のもの!』
「ジャイアンか!」
「お母さんが食べます。」
『「!!?」』



夕飯後はTVゲーム。
またテニスかマリオカートかで喧嘩するのかと思っていたが、まあテニスからでもいいわと美麗が折れ、テニスで対決。最初は手加減をしていた跡部だったが、次第に熱が入り、しかも姉弟揃ってなかなかに上手い。現役テニスプレーヤーとして負けるわけにはいかない。本気でプレイした結果、圧勝。ドヤ顔で二人を見下ろす跡部に頭突きをかます姉弟だった。
次いでマリオカートの対戦では、美麗と跡部の激戦。反則技を使ったり罠を仕掛けたりありとあらゆる行為で互いに蹴散らそうと熱くなるが、結局同着。

お風呂に入った後は家族皆でトランプ。ババ抜きでは最後に残った跡部と美麗の父の腹の探り合いがあったり、七並べでは『スペードの3止めてんのは誰だコノヤロー!』「知るか。」『景吾でしょ!そんな意地悪する人は景吾しかいないわ!』「俺はそんなせこいことしねェ!」「すまん、俺だ。」『死ねクソ親父!』「!?」「おとーさんサイテー。」「意地悪ね、あなた。」「セコい。」「酷い!」という会話。散々遊んだからか、翔が疲れたとその場で眠ってしまい、もうそろそろ寝ようかとお開きになった。


『あれ、布団がない。』
「あーん?」
『お母さんったら敷き忘れたな。まぁ、いらないからいいけど。』
「そうだな。」
『早く寝よう、おいで景吾。』


先にベッドに入っていた美麗はポンポンと、自分の隣を叩き跡部を呼ぶ。躊躇うことなく同じベッドに潜り込むと、電気を消した。冬の夜は寒い。すぐには温かくならなくて、二人は自然と寄り添う。ピッタリ、隙間なく引っ付くと互いの体温が伝わり心地いい。
間近にある跡部の顔を見つめ、美麗はふふ、と笑った。


『久しぶりに一緒に寝るわね。』
「そうだな。」
『ね、今日は楽しかった?』
「ああ、楽しかった。」
『私も楽しかった。』


顔を見合わせ、ふ、と微笑み合う。


『……ねぇ景吾。』
「あーん?」
『…景吾、高校もそのまま氷帝よね?』
「当たり前だろ。」
『そう、よかった。』
「何がだよ。」
『ううん、なんでもない。』


美麗は安心したように笑うと、跡部の胸に顔を埋めた。
甘えるようなその行動に、跡部は一瞬驚いたあとふっと笑いながら、華奢な体をギュッと抱きしめた。規則正しく響く互いの心音が安心感を与え、気がつけば美麗は眠っていた。すやすやと眠る美麗を跡部は愛おしそうに見つめ、「おやすみ」と優しく囁いた。


抱きしめ合って眠る姿は、小さい頃と何ら変わらない。
普段は大人っぽい跡部と美麗だが、この時ばかりは無防備で、年相応な可愛らしい寝顔。
こっそり覗いた両親が二人の寝顔を写真に撮り、アルバムの一ページに追加したことを知るのはまだ先の話。


to be continued...


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