スピードスターと女帝
『これからどうするの?』


クレープを食べ終えた美麗の問いに、謙也はどうしよう、と頭を抱えた。美麗は困っている謙也を横目で見てから、スッと立ち上がった。


『謙也。』
「ん?」
『ちょっと私に付き合いなさい。』
「は、え?」
『忍足から連絡来るまで、私に付き合えって言ってんの!ついでだから案内してあげてもいいわよ。』
「……」


はじめはポカンとしていた謙也だったが、すぐに美麗が何を言いたいのか理解して。
口元が緩むのを押さえきれない。


「ありがとう。」


笑顔を向ければ、美麗もふ、と笑い返してくれた。さぁ行くぞ。そう行って歩き出した美麗の後を追いかけ、隣に並ぶ。


「どこ行くん?」
『スーパー。』
「スーパー?」
『本当はノートだけを買いに来たんだけど、お母さんがついでに野菜とお肉買ってきてって。だからスーパー。』
「なるほど。」


他愛のない会話をしながら、近くのスーパーの自動ドアをくぐった。買い物かごをカートに乗せ、店内を歩く。


『まずは野菜からね。謙也、ニンジンとなす持ってきて。私ジャガイモ持ってくるから。』
「了解!」


美麗がすぐ横にあるジャガイモに手を伸ばしたと同時に、「持ってきたで!」謙也が帰ってきた。


『はや!』
「浪速のスピードスターナメたらあかんっちゅー話や!」


ふふんと誇らしげな謙也からニンジンとなすを受け取ると、ジャガイモもかごに入れ、野菜はこれで終わり。次はお肉。お肉コーナーに向かうと、試食をやっているおばさんになぜか微笑ましく見守られ。美麗はそんな視線に気付かずに安い肉を探しているが、謙也は気になって仕方がない。そしてふと後ろから聞こえてきた主婦達の会話に、耳まで赤くなるのだった。


「ねぇ見てあの二人。すごく素敵なカップル。」
「夫婦にも見えるわよ。やだ美男美女夫婦って素敵ねー!」
「仲がいいのね。羨ましいわぁ。」
「男の子はかっこいいし女の子は綺麗だし…お似合いね。」

「……っ」


夫婦。カップル。


そんな言葉を聞いてしまい、急に意識しだしてしまった。
思えば今、謙也は美麗と二人きりだ。仲良く肩並べて歩いていれば、そりゃ誤解もされる。周りから見れば、デート中のカップル、もしくは夫婦に見られているのかと知ると、意識せざるを得ない。


『ちょっと、なんでそんな真っ赤なのよ。大丈夫?』
「だ、だだ大丈夫やって!それより肉買えたん?」
『ええ。レジ行くわよ。』
「お、おぉ…」


カートを押す美麗の横に並ぶと、チラリと周りを見てみる。
今こうしとるだけでも、恋人に見られとるんやろか。そうだとしたら、なんだか嬉しいような恥ずかしいような。


『何ニヤけてんのよ。その顔忍足みたいで不愉快だわ。』
「侑士みたいな顔ってどんなんやねん!」
『気持ち悪い顔。』

「気持ち悪いて……あ、電話…。ちょっとごめんな。」


断りを入れてから、通話ボタンを押す。謙也が電話をしている間に、美麗は会計を済ませた。


「侑士、お前今どこにおるんや!」
《それはこっちの台詞や。謙也こそどこにおるん?》
「…(美麗ちゃんと一緒におるとか言ったら絶対飛んでくるよな……やめとこ。)一人で商店街うろついとるけど。」
《一人で?寂しい奴やな。ほんなら俺も行くわ。》
「いやいやいや!いい!一人でも全然大丈夫やし!来やんでいい!バイバイ!」
《は?ちょ、謙…》


忍足の言葉を遮るように、通話を終了させた。美麗と一緒にいることがバレたらいろいろ面倒だ。すまんな侑士。心の中で謝りながら、美麗の元へ走った。


『電話誰だったの?忍足?』
「え、あぁ、まぁ。アイツ今家におるんやって。」
『そう。こっちに来るの?』
「こやんくていいって言ったから、大丈夫。」
『そ。』


スーパーを出て、すぐ近くの喫茶店にてひと休みをしている二人。窓際の席に向かい合って座ると、話題はさっきの電話について。忍足に極力会いたくない美麗にとっては、ありがたい話だった。


「色々ありがとう。お礼になるかわからんけど、ここは俺が奢るから。」
『え、いいの?』


大きく頷けば、美麗はニヤと意地悪く笑って店員にデラックスパフェと紅茶を注文した。
デラックスパフェがこの店で一番高いやつだったので、謙也は苦笑するしかない。


「…普通そこは謙遜して安いの頼まへん?」
『謙遜なんて誰がするか。ここのデラックスパフェ一度食べたかったんだけど高くて手が出せなかったのよね。遠慮なくいかせてもらいました。』
「…そーですか。」


話題はコロコロと変わり、本当に楽しそうに会話する二人はどこからどう見てもカップルだ。
そんな二人を、窓から恨めしそうに見つめる視線が一つ。


「…ん?」
『…何か視線が……』


痛いほどに感じる視線。
美麗と謙也が、揃って窓に顔を向ける。


『「ぎゃあああ!!」』


思わずビビって悲鳴をあげた。

窓にへばりつき、こちらを恨めしそうに見つめるのは、謙也の従兄弟である忍足だった。
じと目で、暗いオーラを纏う忍足は何やらぶつぶつと言葉を紡いでいるが、残念ながらこちらからその言葉は聞き取れない。
しかし、唇の動きから“謙也呪う”と言っているのをなんとなく感じた。


「なんでおんねん!」
『……』


忍足はこっちに来いと言わんばかりに手招き。謙也と美麗は仕方なく喫茶店をあとにし忍足の元へ足を向けた。


「謙也…お前なんで美麗ちゃんと一緒におんのや!どういうことやー!」
「いやこれには深いワケが…!」
「なんで美麗ちゃんとデートしとんの!?俺ですら二人きりで出掛けたことないのに…!許さん!」
『……』
「なぁ美麗ちゃん、今度は俺と『断固拒否!』なんでー!?」



謙也ずるい!羨ましい!


喚く忍足に呆れたような視線を向けると、美麗はさっさとその場を離れた。謙也には悪いが、これ以上忍足と共にいるのは嫌だから。こっそり離れたことに罪悪感を感じ、後でメールをしようと決めた。


to be continued...


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