忘れたい思い出
※(ここから先、ドイツ語を訳してお送りします。《》はドイツ語です。)


《君たちもしかして日本人?観光中かな?もしよかったらいい場所に案内してあげるよ、ついておいでよ。》
『今ジャパニーズって聞こえた!』
「俺も!」
「…日本人か?って聞いたのかな。」


ドイツ人男性は身振り手振りで何かを伝えようとしている。


《いい場所に案内してあげるから、おいでよ。》


こっちこっち、と手招き。
日本人、しかも言葉をあまり理解していないのをいい事に、男性は四人をどこかへ連れて行こうとしているのだ。


『…ダメだ、さっぱりわからない。』
「手招きしてるぜ。」


あまり待たせるのも相手に失礼なので、四人は最終手段に出た。


『…お、オフコース!』
「い、イエー!」
「オーケーィ!」
「…ぁ、アーハーン?」


言葉がわからなかったらとりあえず相槌を打っとけ。と昔誰かに言われた気がするのだ。
世界共通の言葉を並べ、それぞれ笑顔で返事をした。上から美麗、向日、ジロー、宍戸だ。
四人の答えを聞き、男性はニヤリと不気味に笑ったがそれにまったく気付かない美麗達。


《よし、じゃあ行こうか。こっちだよ!》


人のいい笑顔に切り替えると、男性は歩き出した。
美麗達は戸惑いながらもしっかりついていく。
男性を信じて。



「…な、なぁ…ホントに大丈夫か?」
「……なんか、暗いC。」
「人ごみから離れて行ってないか?」
『……ここ…路地裏?』


男性について行ってから30分。
あんなに人がいたのに、今はもう人は一人もいない暗い路地裏を進んでいた。路地裏の脇には、空になった酒のビンや袋が無造作に置かれている。
さすがに不安になってきたのか、四人は顔を見合わせ囁き合う。


『…ねぇ、もしかしてこの人、私達が言葉わからないのをいい事になんか悪い事するつもりなんじゃないの?』
「「ま、まさかぁ!」」
「……あり得るな。」
「「……え、マジで?」」


ようやく不審に思い出した四人は、男性から少しずつ距離をとる。一瞬の隙を見て、一気に駆け出した。


《!おい!待て!》


気付いた男性が怒鳴りながら追いかけてくるが四人は必死で走った。


『はぁ…っは……!』
「……はっ…はっ…!」
「「はぁ…ゲホッ!」」


走って走って、四人はやっと人通りが多い場所へと出てこられた。あの男性がもう追いかけてこない事を知ると、一気に脱力して息をついた。


「……あー…怖かったー!」
「ドイツって怖ェな…」


先程の出来事を思い出し、ぞっと体を震わせた。


『…ドイツ人は危険ね。早く景吾達をさがさなくちゃ…命が危ない!』
「うんうん。」


美麗の言葉に、向日達は頷いた。


跡部達を探して、観光地を歩いていると。


《日本人じゃないか!どうしたんだ?こんなところで。》
『「「「!!?」」」』


またしてもドイツ語で話しかけてくる人物が。あんな事があった後だったので、美麗達はまた同じ手口の野郎だと勝手に思い込んだ。


《あんたらもしかして迷子か?その制服の子達ならあっちにたくさんいたぜ。この辺は危ないから、安全な場所に案内してやるよ。》


親切な人なのに。
今度こそ助けてくれる人だったのに。美麗達は「もう騙されねーぞ!」と眉を吊り上げ、同時に振り向くとそれぞれ世界共通英語で怒鳴る。


「シャラーップ!!(黙れ!)」
「die!!(死ね!)」
「ゲットアウト!!(立ち去れ!!)」
『kill you!!(殺すぞ!)』



親指を下に下げ、睨みつける。
上から宍戸、向日、ジロー、美麗だ。
いきなり怒鳴りつけられ、罵声を浴びせられたドイツ人は呆然とし、目をぱちくりさせた。
美麗達は言うだけ言って、ダッシュでその場を離れていく。

もう歩いてなんていられない。
四人は猛ダッシュで観光地を駆けていく。途中何人かのドイツ人に声をかけられたが、すっかりドイツ人恐怖症になってしまった美麗達は泣き叫びながら走った。
パニックになりながら無我夢中で走り続けていると、前方に跡部と忍足を発見した。
四人は二人の名前を呼びながらタックル。


「「うおっ!?」」


突然のタックルに、跡部と忍足は勢いよく前に転けた。


「な、なんだぁ!?」


何が起こったのかさっぱりわからない跡部、忍足の二人は背中の重さに顔をしかめ、振り向く。そして頬をひきつらせた。


「「……」」


背中には、泣きながらすがりつく美麗、宍戸、ジロー、向日の姿。跡部達が今までずっと探していた人物だった。


「うっう……侑士ィィ!!」
「ど、どこ行ってたんだよ!激ダサだぜ忍足!」
「…激ダサなんは自分らやろ。」

「跡部ェェェ!うわぁあああ!!」
『け、景吾のバカァ!うぅ…っ』
「……とりあえず退け。重い。」



ようやく、四人は跡部達と再会できた。嬉しさと安堵から、美麗達は泣きじゃくるだけで何も話さない。


「お前ら今までどこにいたんだよ。」
「どんだけ探したと思ってんねん。」


ため息をつく二人に、向日らは泣きながら訴える。


「ど、ドイツ、ヤバイ、イエー、」
「日本人、騙す、怖い…っひっく…う、うちゅ、人!オーケー?」
「ドイツ人、騙す、俺ら…っし、死ぬ、ヤバイ、アーハーン?」
『うっく…は…はぐれ、た…わたし迷子…!お、オフコース!kill you!』
「うん、ごめん全っ然わからん。」
「日本語を喋れ日本語を!何がアーハーン?だ!何がオフコースだ!つーか美麗、殺すぞってなんだ!物騒なこと言うな!」
「ちょっと落ち着こか。はい深呼吸してー。」



泣きながら喋るし、言いたい事がありすぎて上手く文章に出来ず美麗らは嗚咽混じりに、途切れとぎれに単語だけを言う。
跡部達は当然、わかるはずがない。


「……ったく…勝手な行動するからだ。」


落ち着いたところで、もう一度事情を聞く。今度はしっかり理解できた跡部と忍足はやれやれとため息をついた。


『「「「……ごめんなさい。」」」』


すっかりしょげた四人は、その日以来大人しくなり、跡部と忍足に引っ付いて行動するようになった。




「……って事があってな。」
「「………」」


話を聞き終えて、部室は静まり返る。


「…先輩達…バカですね。」
『「「「うぐ…っ」」」』



日吉に呆れた視線を向けられ、美麗達は言葉に詰まる。


「大変だったが、まぁ……」
「楽しかった、な。」
「「……楽しくねーよ。」」
「最悪な思い出だC…」
『あああ忘れたい…!』


頭を抱える四人を見て、跡部、忍足、日吉、鳳はクスリと笑った。


to be continued...


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