聖書の悩み
相変わらず項垂れている白石を睨みつけ、美麗が『やってられっか!もう帰る!』と吐き捨て、バン!と勢いよく部室のドアを閉めると、帰って行った。

美麗がいなくなった部室は、しん、と静まり返っていた。



帰りの電車の中で、美麗はムスッとしながら窓の外を見ていた。たかがカブトムシの生死に関する悩み事に、怒りはなかなかおさまらない。


『心配して損した。』


そう呟きながら、電車を降りた。家に帰る途中にたまたま見つけた本屋さん。何気なく本屋に目を向けて、思わず足が止まる。


『……』


美麗の足は、自然と本屋へ向かっていた。
ドアをくぐり、先程見かけた本を手に取った。普段なら絶対読まない本。表紙を見るだけでも吐き気がするが、我慢して中身をパラパラ捲る。表紙には、大きめの字で“カブトムシが長生きする秘訣”と書かれている。

美麗の脳裏に、白石の寂しげな顔が浮かんだ。しばらく悩んだ末、その本を購入。そして次に、これまた絶対行かない虫専門店へ足を踏み入れカブトムシ用のちょっと高めのプロテイン入りのゼリーも購入。たくさんいる虫達をなるべく見ないようにして、さっさと店を出た。
家に着くと、先程買ったものを箱に詰め、ゆう〇ックで大阪へ送った。相手は言わずとしれた白石だ。

美麗は満足気に笑い、一言。


『私ってなんて優しい子。』




数日後。
白石の元に、荷物が届いた。
東京からやってきた荷物に、疑問しか浮かばない。

なんか懸賞に応募したっけ?
いや、覚えがないし。ハッ!もしかして…爆弾!?うわ俺命狙われとんの!?どないしよう…!なんてあらぬ考えをし出した白石は、ビクビクしながら送り主を確認する。これでもし送り主の名前がなければ、今すぐに捨てよう、と思っていた。


「………ん!?」


送り主の名前は、しっかり書いてあった。しかし、信じられなかった。白石は目をゴシゴシ擦ってまた確認。だがやはり名前は変わらない。


「……な、なんで美麗ちゃんから…!?」


箱に貼られた紙。
そこには確かに“送り主:雪比奈美麗 宛て先:白石蔵ノ介”と書かれている。
なぜ美麗が?
クエスチョンマークを沢山浮かべながら、丁寧に箱を開けた。


「!!」


中から現れたのは、一冊の本とゼリー。本のタイトルを見て、ようやく理解する。
あぁ、自分のために用意してくれたのか、と…。

嬉しさが込み上げてきた。


「……美麗ちゃん……めっちゃいい子!」


喜びにうちひしがれている白石は、ふと箱の中に手紙が入っているのに気付いた。可愛らしい封筒には、綺麗な字で“アホな蔵ノ介へ”と書かれている。
手紙の内容をザッと読むと、思わず笑いが込み上げてきた。
いかにも美麗らしい手紙に、アハハ!ツンデレか!と声をたてて笑った。


「美麗ちゃん、ホンマ…おおきに。」


ふ、と目を細め、本とゼリーを大事そうに抱えた。



《別にカブトムシのためじゃないから。アンタのためでもないし。私からしたらカブトムシなんて一刻も早く消え去るべきだと思うけど。まぁ、仕方ないからあげるわ。これでなんとかしてみたら?

それ、けっこう高かったんだから感謝してよね。》


to be continued...


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