幸村の策略
『誰だろ……………ああああああ!!!』
ディスプレイを見て、目をひんむいた。冷や汗がダラダラと流れ落ちる。
『ど、どうしよう……なんて説明すれば…』
着信の相手は、跡部。
氷帝も同じく部活。恐らく、時間になっても来ないから電話をしてきたのだろう。幸村に無理矢理連れて来られたせいで、氷帝に連絡を入れていない。
怒っているか、心配しているか………前者の方が確率が高いが、無視するわけにもいかず、震える手でボタンを押し、電話に出た。
『も、もしも「テンメェ何してやがる!!」ごめんなさいぃぃぃ!》
いきなり怒鳴られ、耳がキーンと痛くなる。美麗は耳を押さえながら、とりあえず謝る。
《なんで来ない!!サボりか!アーン?》
『いや、あのね、』
《言い訳はい―――っ美麗先輩ィィィィ!!どこにいるんですか!――鳳!邪魔するな!―――美麗ちゃぁぁん!なんで来ーへんの!?寂しいやんかァァァ!―――忍足、テメッ――――クソクソッ美麗!早く来いよ!》
『………(うるさいんだけど。)』
電話の向こうで、皆が口々に叫ぶため、跡部の声が聞こえない。時々聞こえるが、それもすぐに別の声で消される。
あまりのうるささに、携帯を耳から話す美麗。
《っお前ら静かにしやがれ!!》
跡部の一声で、電話の向こうがシーンと静かになった。
《ったく……おい美麗、今どこにいやがんだ?テニスボールの音がするが……》
『あのね、今りっんぐっ!「やぁ跡部。今日もいい天気だね。」〜〜っ!』
正直に話そうとした美麗の口を、幸村が素早く塞ぎ、代わりに電話に出る。
《…なんで美麗の携帯にお前が出るんだ。》
「今一緒にいるからさ。」
《アーン?》
「氷帝には悪いけど、今日一日、美麗ちゃん借りるから。」
《はぁ?おい幸村、何勝手な事…》
「いいよね。」
《ダメに決まってんだろーが。今すぐ美麗を返せ。》
「ちなみに返事はイエスかはいの二択ね。」
《どっちもおんなじ意味じゃねーか!!おい幸村!ふざけんじゃねーぞ!美麗を返せ!》
「それじゃ、またね。」
《おいゆきむ…ブツッ―――》
一方的に電話を切ると携帯を閉じ、美麗に返す。
「はい。跡部から許可もらったから。」
『嘘つけェェェ!話し声丸々聞こえてたから!明らかに拒否してたよね!アンタそんな性格だったっけ!?』
「最近ね、目覚めたんだ。」
『何に!?』
「いいからいいから。マネージャー業、よろしくね。」
話をはぐらかされ、納得いかない顔をする美麗だったが、渋々仕事を再開した。
一方、氷帝では。
跡部から説明を受けた皆は憤りをあらわにしていた。
「幸村の野郎!許せねー!」
「俺の美麗ちゃんが…っ幸村なんかに取られるなんて…最悪や!」
「いやお前のじゃねーだろ。」
「美麗先輩を無理矢理連れさるなんて……許せません!」
「…下剋上だ…」
「お前ら、美麗を取り戻しに行くぞ!幸村の奴、俺様の美麗を誘拐するなんて…絶対許さねェ!」
氷帝の練習は急遽中止にして、跡部達は美麗を取り持すため、神奈川へ急いだ。
その頃、美麗はドリンクを作るため、部室へ足を運んでいた。ガチャ、と部室を開けた瞬間、『きったねー!』と目を丸くさせた。
『何ここ!ゴミ屋敷!?きったねーなぁオイ!!』
立海の部室は、お菓子の食べかすやら袋やらが散乱しており、ゴミ屋敷と化していた。
『……ドリンク作る前にここの掃除か。……つーか何このお菓子の山!絶対ブン太よね。教育がなってないわ。』
ドリンクを作る前に、この汚い部室を掃除しようと、床に散らばったお菓子の袋をゴミ袋に入れていく。ポテトチップスの袋をどけた時、カサカサと動く黒い物体が、美麗の目の前を横切った。
『っぎゃあああああああああ!!!』
耳をつんざくような悲鳴は、テニスコートにまで響いた。
「美麗!?どうした!」
慌てて部室へ駆け込む真田達。
『げっ弦ー!!』
真田の胸に飛び込む美麗。
部室のとある隅を指さし、『ゴ、ゴゴゴゴキブリがぁ!!』と真っ青な顔して訴えた。
「なーんだ、ただのゴキブリかよぃ。ビビらせんなよなー。」
「…先輩、可愛い…」
「確か美麗は虫が苦手だったな…無理もない。」
「だけどよー、たかがゴキブリじゃん。どこにでもいんじゃん。」
『……なんですって?』
丸井の発言に、美麗が反応。
ギラッと目を光らせ、つかつかと歩み寄る。
『アンタがしっかり片付けないからこうなったんでしょ!?見てみなさいよこのきったない部室を!いや、ここはもう部室じゃないわ!ゴミ屋敷よ!』
「ゴミ屋敷ぃ!?」
『食べたらちゃんとごみ箱に入れる!これ基本よ!なのにアンタはほったらかして!こんなに汚けりゃゴキブリも出るわ!“ゴキブリさんいらっしゃい”って言ってるよーなもんだろが!』
「……そーですね。」
『うちの部室を見てみろ!チリ一つ落ちてねーからな!綺麗だからあの部室でゴキブリなんて見た事ないから!』
「……すみません。」
『わかったならさっさと退治しろやボケカスゥ!!』
「は、はい!ただ今!」
すごい剣幕で怒鳴られ、震え上がる丸井。さっさとゴキブリを退治して、ついでに部室を皆で綺麗に片付けた。
「美麗ーー!」
部室が綺麗になった時、ようやく氷帝陣が到着した。
向日がすごい勢いで走ってくる。
突然の氷帝陣の登場に、驚きを隠せない美麗。抱き着いてきた岳人を見ながら、目をぱちくりさせていた。
『な、なんでここに…』
「先輩ー!ご無事ですか!今助けますからね!」
『た、助ける?』
「樺地!」
「ウス。」
樺地はひょい、と美麗を担いだ。
『え、え?』
「退散ー!」
シュタタタターっと走り去り、あっという間に姿は見えなくなった。
「「「「………」」」」
何が起こったのか、イマイチ理解出来ない赤也、真田、丸井、仁王。
「…どうやら美麗を取り戻しにきたようだな。」
「みたいですね。もういませんけど。」
「幸村、いいんか?」
「あぁ。」
幸村は、満足そうに小さく笑っていた。
その後、立海のテニス部室はいつでも清潔で、ピカピカに。
あの時の美麗の剣幕が忘れられず、出したものは片付ける。
ゴミはきちんとごみ箱へ。を心がけるようになったのだ。
「…ふふっ……ありがとう、美麗ちゃん。」
to be continued...
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