綺麗なものを見ると溜息が出る。常に何かしらを思考している脳みそは考えることを止め、ただ目の前にある美しさに見惚れる。触れたいと思うのは本能的なものだろうか。ほとんど無意識に手を伸ばそうとして、しかし、そこで私は一種の躊躇いを覚える。触れると変わってしまうかもしれない、そう思えて仕方がない。失うくらいなら触れない方がいい。美しいものは美しいまま、チカチカと眼を瞬かせるものであるべきだ。

「構って欲しいのかい?」

頬杖をついて、何ともくだらないこと真面目に考えていた私に彼は言った。長い睫毛がひとつ、ふたつ、ぱちぱちと動いて。難しそうな文字を追っていた瞳が何とも物欲しそうな顔を映し出す。

「そんなに見てた?」
「無自覚とは厄介だね、そんな視線を送っておきながら」

綺麗に笑う。溜息。薄い唇から紡ぎ出される言葉、それさえも美しいものに思えて。眩しくて思わず眼を細める。暫しの静寂の中、アイスティーの氷がカランと音を立てた。

「ーー幸い、」

分厚い本を閉じた誉さんは言いながら席を立つと、私の目の前で立ち止まった。作り物のように細く綺麗な形をした指が無遠慮に唇に触れ、滑る。探るみたいなそれにどんな意味があるかくらい、馬鹿にだって分かる。

「カントクくんは左京くんと買い物に出ているし、支配人も今日は留守だ。ワタシを独り占め出来る絶好の機会なわけだが」

至近距離にて。得意げにもちあがった口角を視界の端に捉え、私は両腕を伸ばした。ほんの一瞬余計な思考が脳裏を過ぎったが、駆り立てる欲のほうが幾分か優位だったらしい。間違ったことをしているつもりはない。ぞくりとした何かに心臓がざわついたのはおそらく、今が真昼間で、ここが普段なら人で溢れる談話室だからだろう。頭の後ろでうごめいた手のひらのせいで、背中にぞくりとした感覚を覚える。絡めた腕に従って距離が縮まる。ーー僅か数センチ。触れる直前で、どちらからともなく私達は動きを止めた。

「続きはまた後で」

視界が一気に開けた。きっと見るからに不満そうな顔をしていたんだろう、誉さんは笑い混じりに私を宥めた。(ああもう、なんてタイミングの悪い、)
暑い暑いと言いながら帰ってきたいづみは膨れる私を見て疑問符を浮かべていたが、不機嫌の原因など知る由もなく。物足りなさを紛らわすため喉の奥へと流し込んだアイスティーは、氷で薄まってしまってやっぱり物足りなかった。

20170704
最後絶対ウインクした。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -