※「yes sir!」バクステネタバレ含

「なまえお嬢様…」
「……へ?」

素っ頓狂な声を上げてしまった。聞き間違えでなければ、彼は今わたしを見てお嬢様と言ったような。「キミはもう少し女性らしさというものを身につけた方がいい」だの「そんなにお転婆では貰い手がなくなるよ」だのと普段から散々に言われているだけあって、(その男勝りでお転婆な女と好き好んで付き合ってる男の台詞とは思えないが、)あまりに衝撃的である。天気は快晴。夏を先取りしたような強い陽射しに頭でもやられたのだろうか。長袖のシャツとベスト、極め付けにネクタイと手袋を身に付けているにも関わらず、汗の一つもかいていない涼しげな顔を見ながら私は眉を顰めた。
何やら驚いた様子の誉さんの後ろから遅れて駆けてきたのはいづみだった。しまったと言わんばかりの顔をしているところを見ると、この様子のおかしい誉さんを私に会わせたくなかったんだろう。

「きょ、今日は早かったね!?」
「おはよう。ねえ誉さんついに頭のネジでも外れたの?何かのネタ?」
「あはは…ちょうど私たちも混乱してるところで…」

いづみの目が泳ぐ。とりあえずと中に通された私は、友人と、その場に居合わせた劇団員たちから事の次第を聞かされた。
誉さんが冬組第二回公演で演じる鷺島亨。その役が抜けなくなってしまったんだろうと左京さんは話す。役に対する思い入れ強ければ強いほど、役に入りすぎて切替ができなくなる、らしい。演劇をしない私に理解できたのはその程度だ。ちらりと、さも突然のように密さんの後ろに立つ人物を見やった。いつもの豊かな表情はどこへやら、鉄仮面を貼り付けたような堅苦しい面持ちである。鷺島亨は毒舌でキレ者の執事。役作りとしては正解なんだろうけど、成程、途轍もない違和感を感じてしまう。いっそ誉さんに鷺島という男の人格が乗り移ってしまったかのようなーー。
そこまで考えてブンブンと首を横に振った。果たして私は何を危惧したのか、背筋を冷たい何かには気づかないふりを決め込むことにする。話し合いの末、誉さんについては少し様子を見ることになった。

「志岐…密様。お嬢様はもう起き上がっても大丈夫なのですか」

皆が解散したあと、ひっそりと、誉さんが密さんに耳打ちするのが聞こえた。密さんは鬱陶しそうに眉を潜めて、眠たげな目でこちらを凝視する。

「…なまえ?どこが悪いの?」
「いや、元気だけど」
「だって。煩いから問題ない」
「密さん、一言余計」

薄く笑んだ密さんと口を尖らせた私を見て、誉さんはどこか幸せそうに顔を綻ばせた。(ように、見えた。)(気のせいだろうかーー?)

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20170623
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