昼過ぎ頃になって自室から出てきた私に向かって幼馴染は苦笑いを浮かべた。この時間、私の機嫌が悪いのはいつものことだ。徹夜明けで寝不足か、クライアントとのいざこざか、あるいは単純に寝起きが悪かったか。原因はいくつか挙げられるがーー今日ばかりはそのどれでもない、とある出来事が要因だったりする。彼女は何も言わない私を暫く見つめた後、合点がいったように「ああ、」と両手を叩いた。私の眉間のシワが一気に深まる。彼女、いづみは、私の前にコーヒーを出しながら、にんまりと楽しげに口の端を持ち上げた。

「誉さんでしょ」

人の気も知らないで。出されたコーヒーをちまちまと飲みながら目で訴えてやれば、まぁいいから話してみろと言わんばかりの笑顔が返ってきた。なんとも、実に不愉快極まりない。いづみは昔からそうだ。自分のことに関してはからっきしだが、相手の感情を読み取ることに長けている。私が分かりやすいタイプだということを抜きにしても、彼女に嘘が通用した試しは記憶にある限りで一度もない。そのスキルが少しでも自分自身に適応されれば彼も少しは報われるだろうに、と。声には出さずに視線だけをソファの方に向ければ、その人はあからさまに咳込みをしてみせた。メガネでヤクザの彼が5つも6つも年下のいづみに長年片想いをしている事実は、密かにカンパニー内の噂のタネだったりする。

「おや、機嫌が悪いのかい?」

ぴたり。マグカップを持つ手が反射的に止まった。さも不思議そうにーーおそらく純粋に不思議がって居るのだろうがーー私の顔を覗き込んだこの人物こそ、幼馴染も指摘した、私の不機嫌の原因である。

「誉さん。今日は早いんですね」
「今日は編集部との顔合わせだけだったからね。午後はゆっくりと紅茶でも飲みながら、シェイクスピアの世界に浸るとしよう」

唄うように宣って、まるでダンスでもするかのように一つくるりと回る。いづみと楽しげに話しているところを見る限り、どうやら私と違って彼の機嫌は上々らしい。翻ったコートの裾に少しだけ苛つきを覚えながら。マグカップの中のコーヒーを一気に飲み干し、私は椅子から立ち上がった。

「そうだなまえくん、今度の日曜日だがーーなまえくん?」

寛大な心を持てない私も大概だと思うが、何事もなかったかのように話しかけてくる彼も彼だ。そんなだから年下であるはずの万里くんや丞くんに「空気を読め」と言われるんだ。今に始まった事ではないし、そういうところも彼だと分かってはいるけれど全くその通りだ。空気を読めバカヤロウ。口の中で悪態を吐きながら勢いよく扉を閉めた私の背後に足音が一つ。「ついてこないで」振り向き、言わなきゃ分からないんだろうという気持ちを込めて睨みつけてやると、そこには何とも楽しげな笑顔が待ち構えていた。

「何笑って…馬鹿にしてるの?」
「いや…キミは本当に分かりやすいと思ってね」

笑う。この男は何を悠長に。わなわなと震える私を前に、しかし彼はいつものペースを崩さず言葉を続ける。

「何故キミの機嫌が悪いのか、いくらワタシでも手に取るように分かる。当ててあげよう。さしずめ、昨日ワタシが他の女性と親しげにしていたことに腹を立てているのだろう?実に分かりやすいヤキモチだ…うん?その顔は図星ーー」
「っ!」
「っ、いたい!足を踏むのはやめたまえ!」

顔に熱が集まるのが分かる。確かに図星だ、図星だが、それを指摘されることほど恥ずかしいことがあるか。足の甲を撫りながら涙目になりつつある彼を見ながら、ああどうして私はこんな人がすきなんだろうと頭を抱える。勝手にすきになって、勝手に嫉妬してる自分の心臓が憎いったらない。昨日見た光景だって別に大したものじゃなかったはずだ。観劇に来てくれたお客さんの相手をするのだって劇団員の仕事。あんなことでいちいち心を乱したって、良いことなんて一つも。

(ーーあんなことで、)

じわりと歪んだ視界の端で、誉さんがギョッとしてるのか見えた。いやだいやだ。これ以上嫌われたくないのに、意思に反して溢れるものはどうにも止められそうにない。

「どうせ私は女らしさのカケラもないし」

しまいには口も勝手に動き出す始末。頭を過ぎったのは昨日、誉さんがファンの子に言ってたあの言葉。

「口より先に手が出るしお淑やかとは程遠いしスカートよりパンツの方が動きやすくて好きだし髪も長くないし笑うのも下手くそだし可愛くないし、それに、」
「うむ、素直でもない」
「っ、素直じゃなくて悪い!?」

女の子らしい人がすきだって、彼は確かにそう言った。それがただお腹のあたりに突き刺さって、悲しいのか悔しいのかムカつくのかよく分からない感情が渦巻いて仕方なかった。かっこわるい。勝手にすきになって、勝手に嫉妬して、泣いて、怒鳴って。すきでいて欲しいのに、嫌われるようなことをして事態を悪化させているのは私自身じゃないか。

「もうやだ、」
「なまえくん、顔を上げたまえ」
「…あっちいって」
「確かにあの女性とは正反対のタイプかもしれないが、キミはもっと自分に自信を持つべきだ」

まるで幼い子供に言って聞かせるかのように、誉さんは私の前にしゃがみ込んだ。ほとんど無理やりに上げさせられた顔。目なんてさながらウサギみたいに真っ赤になってるだろうに、彼は笑いもせず、

「ワタシが唯一愛しいと思える女性はキミなのだから」

至って真面目な顔で、ドラマ俳優もビックリの恥ずかしいセリフを口にして。「不満かい?」そう微笑んで親指で私の涙を拭ってみせる。勝手極まりない私の心臓はやっぱりドキンと音を立てて、お腹のあたりのよく分からない嫌な感情を跡形もなく吹き飛ばした。すきなひとの言葉に一喜一憂する、私って人間は、こんなにも面倒臭くて単純だっただろうか。確かに恋愛は人をダメにすると言うけれど。紛れもなく先のセリフに喜んでいるあたりとっくに手遅れなんだろうなと思うと、少しだけ自分の気持ちに素直になれるような、そんな気がした。

20170619
だ〜〜めだ後半力尽きた。地の文がえらいこっちゃ。リハビリしようね
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