「あなたは私のこと、愛してなんかないんだわ」

手の甲を額に当て、真っ白い天井のどこか一点を見つめたまま。一糸纏わぬ姿のまま彼女は言った。嘆きや悲しみなどという感情は一切含まれていない、寧ろ機嫌がいいとさえ思わせるような声色だ。振り向いた先では薄い唇が愉しげに弧を描いているに違いない。愛の交歓の後だというのに何とも滑稽である。

「愛しているよ」
「嘘ばっかり。私に注ぐ愛なんて、沢山のうちの唯の一滴に過ぎないくせに」

シーツの擦れる音がした。やはり愉しげに謳った彼女のほうを見やると、こちらに背を向けて丸くなっていた。陶器のように透き通った肌には傷一つ見当たらない。触れてみて初めて生きていると実感できるような、どこか人間離れした美しさにゾクリとした感覚さえ覚える。ふと、過去にキスマークを求められた事を思い出す。首を横に振ったワタシに、彼女はただ一言「そうだと思った」とだけ呟いて薄く笑っていた。出来上がった芸術品に他者が手を加えるなどあってはならない。そんなワタシの意図を彼女がどう推測したかは定かではない。
よく手入れされているらしい髪の束が枕の上を滑り落ちた。吸い込まれるように手を伸ばし、掬い上げる。そうして口元まで持っていくと、彼女はほんの一瞬だけ肩を揺らした。
甘い言葉を囁き、口付けを交わし、躰を交えるこの関係を「愛がない」ものとする方が難しい話だ。しかし、彼女はこの感情を「愛ではない」と断言する。そもそも愛とは何だろうか。可愛がる、愛しく思う、慈しむ、慰る。かつての偉人達も愛についてそれぞれの見解を示しているが、知識として存在しているそれらと、ワタシが求めている答えは些か違うような気がした。
思考を巡らせていると、彼女は徐に口を開いた。微睡みの中、ぽつり、ぽつりと。寝言のように、しかしはっきりと言葉を紡いだ。

「誉さんはね、私に付き合ってくれているだけ。愛を囁けば私が喜ぶから愛してると口にする。キスも、セックスも、全部私のため。あなたはそれを愛と錯覚してるのよ」

彼女の指摘は強ち的を射ていた。しかしそれも一種の愛情なのではないか、とも思う。彼女の喜ぶ顔が見たくて愛を囁く。行きたいと言った場所へ連れて行く。欲しいと言ったものを与える。嗚呼、しかし。
ーー私に注ぐ愛なんて、沢山のうちの唯の一滴に過ぎないくせに。
まったく、全くその通りだ。彼女に注ぐ愛も、例えば家族や劇団の皆に注ぐ愛も、何ら変わりはないではないか。
ほんの少し頭の奥が痛んで、ワタシは眉間を押さえた。分からない。そもそもワタシの抱いているこの感情は、本当に愛と呼んでいいものなのだろうか。好きだ、愛している、口にしてきた言葉は果たして本物なのだろうか。

「誉さん」

呼ばれて、顔を上げれば適度に潤んだ瞳がこちらを見ていた。宝石のように瞬くそれに思わず手を伸ばす。彼女はワタシの手を捕まえると自らの頬に添わせて、柔く笑った。

「キミの愛は、どんなものなんだい?」

訊くが早いか彼女はぱくりとワタシの唇に噛み付いた。暫くその感触を堪能したあと、酸素を求めて離れていく。わずか数秒、休む事なく思考していた脳が動きを止めた。まるで心の内を代弁するように、「どうだっていいわ、そんなこと」彼女は独り言のように呟いてから満足げな笑みを浮かべた。

「一生わからなくていいの、誉さんは。もし本当の愛に気付いたら、私から離れちゃうかもしれないでしょ。だからいいの、そのままで」

そう言われると気になってしまうのが定石だが、彼女がいいと言うのだから良いのだろう。彼女の言う事が事実なら、この先ずっとこのままでもいいような、そんな気がした。

20171017
程よく解釈違いな気がする。自分の中の有栖川さんがブレッブレでブレッブレ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -