最初に襲いかかって来たのはおそらく動揺とか、混乱とか、そういった類のものだった。ぐるぐる、思考を巡らす脳みその片隅は不思議と冷静なまま。目の前で起きた出来事を何とか処理しようとする一方で、どこかふわふわとした考えが浮かんでは消えていく。私は彼のことをこれっぽっちも知らなかった。理解した気になっていた、悲しいけどそれが真実だ。だって、ほら。自信に満ち溢れた笑みはどこへやら。いつも綺麗に弧を描く唇が震えているのを見るのは初めてのことだ。華奢だと思ってた身体は私を簡単に閉じ込めてしまうくらいには大きくて、繊細な指先から伸びる腕がこんなにも強く誰かを抱きしめるだなんて思ってもみなかった。まるで他人事のように考えてはみたものの、この表情も行動も全て私のせいらしい。自覚するや否や恥じらいという感情が姿を現して、一瞬にして体の奥が熱くなる。ぐつぐつ。お腹のあたりで出来上がった熱が容赦なく全身を包み込んだら最後、私の顔は今、驚くほど真っ赤に染まる。背中と頭の後ろに回された腕の力がきつくなる。もう、目一杯。これ以上にないくらいに心臓が煩く騒ぎ立てる。このまま熱で溶けるのが先か、ピークまで鳴り続けた心臓が口から飛び出すのが先か、いや、もしかしたら一生分の鼓動を終えて止まってしまうかも。
何とも馬鹿らしいことを思っていると、耳元で短く吐息が聞こえた。常日頃、手のひらの上で言葉を操る彼が言葉に悩んでいると言ったら、一体どれだけの人が信じてくれるだろうか。きっと殆どの人が鼻で笑うに違いない。私だって信じない。信じないたろうが、実際目の前で起こっているのだ。信じる他にあるまい。

「、好きだ」

あっちへこっちへ忙しなかった思考が、リモコンの一時停止ボタンでも押したかのようにぴたりと止まった。驚いた。あまりに、あまりに苦しそうな声だったから。あんなにも騒いでいた心臓が今は握りつぶされたみたいに痛い。息苦しくて、何故かは分からないけど泣き出してしまいそうになる。たった三文字、欲しかったはずの言葉なのに、言われて嬉しいはずの言葉なのに、どうして。

「キミを傷付けたくない、」
(…ああ、そうか)

絞り出すような声は掠れて、今にも消えてしまいそうで。私は役立たずの唇を強く噛んで、躊躇いを覚えながらも彼の背中に腕を回した。声にしないなんて卑怯だ。分かっていても、震えるだけのそれはロクな言葉を紡いでくれやしなかった。

20170708
あのボイスは駄目だろう…駄目だ…
title by へそさま
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