薄い唇が紡ぐ言葉はいつも美しく繊細である。風に揺れる草木も、頬を撫でる風も、見慣れた頭上の月さえも、彼の瞳に映る情景は、私の見ているそれとはかけ離れたものに思えて仕方がない。何の変哲も無い砂の欠片だって、彼の指に触れた途端眩いものに姿を変える。まるで世界に色を付けるように。彼の世界は美しいものに溢れている。その美しい世界のなかで、誰よりも、何よりも美しくありたいと思うのは我儘だろうか。

「綺麗だ」

彼は私の横顔にそう言って、髪に指を絡めた。

「閉じ込めて、いっそワタシだけのものにしてしまいたい気分だよ」

髪に触れるだけ、決して頬には触れようとはしない。いつもそう。独占したいと言うくせに、恋人にするみたいな愛の言葉は囁いてはくれない。だから。だから私は今日もまた、下手くそな笑顔を貼り付けて何度目かも分からない台詞を口にする。

「私は貴方のものにならないわ」

メイクも、ヘアスタイルも、この日のために準備したドレスも、全部ぜんぶ彼のため。彼に綺麗だって言ってもらうためのものだけど、それだけだなんて、欲張りな私は到底満足できやしない。

「私は私だけのもの。誰かのものになってしまったら私じゃなくなってしまうもの。何より、言ってくれなくなるでしょう?」
「…キミはずるい」

綺麗だ、ワタシだけのものにしたい。
いつもどこか苦しげに吐き出される言葉。綺麗な彼の世界が少しだけ歪む、その瞬間がどうしようもなく私を恍惚とさせる。例えば二人恋仲になったとして。抱きしめあってキスをしたって、きっとこの捻くれた感情は満たされないのだ。触れようと伸ばされた指先から逃れる。彼の顔を見ると心臓が音を立てたが、僅かに走った痛みには気付かないフリをして。不器用な私達を哀れむかのように、月の光だけが辺りを照らしていた。

20170704
クソみたいな雰囲気()話を書いてしまったが控えめに言って独占欲の強い有栖川さんは推せる
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