※天使と天使の話

高く白い塔の天辺に登って空を見上げることが私の日課だ。
天界の空はなんら代わり映えのない、どこまでも白く透き通った色をしている。人間界から見上げるそれは様々な顔を見せるらしい。光を照らし、雲で隠し、雨を降らせ、時には雷や風を巻き起こすと聞く。もしそれが本当なのだとしたら、毎日同じ顔ばかりを見せるこの白い空とは大違いだ。
大きく息を吸い込むと冷やかな空気が身体に流れ込んできた。ゆるく目蓋を閉じる。僅かに、風の音が鼓膜を揺らした。私はこの場所が嫌いではない。退屈こそ感じても、この塔に在る限りは嫌なものを目にしないで済む。こんな眼は要らない。正義も、悪も、虚偽も裏切りも、もう何も見たくない。そう嘆いて望んだ私を彼はこの場所に閉じ込めた。それが何時のことだったかは最早思い出せない記憶だが、ただ唯一言えるのは“私は彼に救われた”ーー事実だけは揺るがない真実である。
遠くで踵の鳴る音がした。羽の擦れる音。閉じていた瞳でもう一度空を見上げ、顔だけで振り返る。彼は私が見つめていた空の一点をどこか忌々しそうに見つめたまま、しかし柔らかい声色で問うた。

「不満かい?ここの暮らしは」

風に吹かれて揺れるは、身体全体を覆い隠せるほどの大きな羽根。白に溶け込んで消えてしまいそうなそれは酷く美しい。

「いいえ、不満などありません。ただ、不思議でたまらないのです」

首を横に振った私に彼は視線を向けた。

「貴方の考えは見通せない」

疑問だけが浮かぶ。どうして彼は私をこの場所に閉じ込めたのか。世界に絶望し壊れて消えてしまいそうだった私を、どうして掬い上げてくれたのか。灰色の羽根を持ち、天使という天使から疎まれ、死者を狩る堕天とまで言われた私を、どうして。
どんな真実をも見抜いてきたこの双眼であっても、彼の心の中だけは視ることができない。その心の内を知れば何かが変わるのだろうか。細めた視線の先で、彼は薄く笑った。

「キミもワタシと同じだ」
「同じ?」
「心が分からない」

目の前までやってきた彼は指先でトンと胸のあたりをつついた。
ーー心がわからない。この私が?
そっと胸のあたりに手をやる。かつて人間に恋をした天使がいた。もう顔も思い出せないが、彼もまた、私に似たような台詞を投げたのを思い出す。彼ーーミカエルは、そうだ、私に向かって確かこう言ったのだ。他人の心が分かるくせに自分の心には鈍感だ、と。悲しそうに微笑って消えていったのだ。

「心とはなんでしょう」
「難しい質問だね」
「答えてくださらないのですね」
「答えようがないのだ」

大天使とも呼ばれる彼にも分からない命題。あの大きな本棚に並ぶ山の様な本にも答えは書かれていないらしい。そういえば、ミカエルは知っていたのだろうか。事実を確かめる方法は残念ながら在りはしないが。少なくとも彼は、私たちには分からない“心”という不確かなモノの一片を知っていたのだろう。

「退屈だろう。来たまえ、物語でも読んで聞かせてあげよう」

心が分かれば、彼が私に笑いかける意味も分かるのだろうか。差し出された手のひらに触れることが出来ない理由。この場所に居たいと思う理由。この時間がずっと続けばいいと願ってしまう理由も、綺麗に証明されるのだろうか。
無意味な思考を振り払うように首を振る。一足先にバルコニーに降り立った彼が微笑むから、私は思わず視線を逸らしてしまった。変わらず、真っ白なままでいる空を少しだけ羨ましく思った。

20170724
心とは何か、でウル/キオラを思い出した
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