真っ青に澄み渡る雲ひとつない青空と、身体ごと染めてしまいそうな柔らかな新緑。ふたつのコントラストの眩さに思わず目を細めたくなる。季節は夏。またこの時期が巡って来てしまった。額に滲む汗を鬱陶しく思う。
夏祭りに行こう、と。そう言いだしたのは誰だったか。暑さも人混みもあまり得意ではない私だが、あれやこれやと言いくるめられ大所帯に混じることとなった。私服で行くと呟いた私にまず一番に物申したのは総監督さんだった。彼女の行動力には目を見張るものがある。「幸くんと選んできました!」満足げな顔で目の前に浴衣を広げられたときは、流石に驚いて目を瞬かせる他になかった。
好意はありがたく受け取っておくのがモットーだ。あっという間に迎えた夏祭り当日、仕事を終えてカンパニーを訪ねると、「遅い」お怒りの様子の幸くんが仁王立ちで待ち構えていた。なるほど年上の権限などあったものじゃない。ズルズルと引き摺られるようにして招き入れられた私は、息をつく間もなく浴衣を着付けられた。帯の締め付けに思わず蛙が潰れたような声をあげる。くすくすと笑ういづみちゃんもまた、幸くんと同じく準備を終え、涼やかな色の浴衣に身を包んでいた。

「ちょっと地味すぎない?」
「俺の見立てに文句つけるつもり?」
「滅相も」
「あの派手なのの隣に並ぶんならこれくらいが落ち着いてて丁度いいんじゃない。ーーはい、終わり」

私は一つ息を吐き出して鏡の中の自分を見た。紺色の浴衣は少しばかり地味に思えたが、袖を通して見ると案外しっくりと来る。丁寧に結い上げられた髪。首のあたりがスースーとする感覚、あまり慣れない。

「そんなに派手なの?」
「えっと…誉さんって感じでした」
「ちょっと楽しみかも」
「ホント、物好きだよね。あんな変人のどこがいいんだか」
「いつか幸くんにも分かるよ」
「年上ヅラするな」

幸くんはむっすと口を尖らせたが、実際私は彼よりもーーひと回りとはまではいかないがーーまぁ年上だ。年月が経てば物事は変化する。恋愛観もまた然り。目まぐるしい毎日に目を輝かせ、恋に恋をしていたあの頃が嫌に懐かしい。いつかこの人を好きになるんだよ、だなんて。14そこらの純粋な私に彼を見せたりしたら、きっと腰を抜かして驚くに違いない。そうして幸くんみたいに疑問を抱くのだろう。例え問いただされたところで、私は私の“何故”に答えられやしないのだけれど。(恋愛に理由を求めること、それ自体が無意味だ。)
一足遅れて。いづみちゃんと幸くんと、外で律儀に待っていたらしい左京さんも一緒になってお祭りの会場へ向かうと、会場となっている神社の入り口あたりに冬組が集まっていた。私達を見つけた東さんがちょいちょいと手招きをする。「綺麗だね」恥ずかしげもなく、息をするように囁いた東さんの方が艶やかで美しい。そう思ったのは私だけではないはずだ。幸くんは金魚すくいの方で騒いでいる天馬くんたちのほうへ、いづみちゃんと左京さんは駆けて来た太一くんに手を引かれ祭りの奥の方へ散り散りになった。私は、というと。ほんの少しだけ胸のあたりを騒つかせながら、彼の姿を探す。

「誉さんは?」
「今さっきお神輿が通ってはしゃいでたんだけど…ついて行っちゃったかな」
「年甲斐のない奴だな」
「なまえさん、その浴衣似合ってますね」
「ほんと?嬉しい」

素直に口にすると、褒めた当の本人は照れ臭そうに笑って首の後ろに手をやった。紬くんのそういうところを見る度に可愛らしい人だなと再認識する。これで紬くんよりも丞くんの方がモテるというのだから驚きだ。まじまじと。元GOT座の整った顔を見ていたら「食いたいなら自分で買って来い」と眉を顰められてしまった。決してたこ焼きが食べたかったわけじゃあないんだけど。

「誉さん、どこまで行っちゃったんでしょうね」
「せっかくなまえが浴衣着て来てくれたのに。一番に見せてあげたかったな」
「そんな大層なものじゃないですよ」
「でも、残念そうな顔してるよ」

そんなに分かりやすい顔をしていただろうか。両手で頬を覆った私を見て、図星を突いてきた東さんはクスクスと楽しげに笑った。そんなとき、ついと、誰かが浴衣の袖を引いた。下の方に視線をずらせば、いつの間に目を覚ましていた密さんが人混みの奥の方を指差した。目を凝らす。何をしているのかまでは見て取れなかったが、たくさんの人に紛れて派手な頭が少しだけ揺れるのが分かった。
私は密さんにお礼だけ言って、屋台の立ち並ぶ一本道に足を踏み入れた。
いつもはひっそりとしている神社がこうも賑やかだと、まるで別世界にやってきてしまったような感覚に陥る。楽しそうな声に重なる祭囃子の太鼓や笛の音。屋台のりんご飴の甘い香り。行き交う色とりどりの浴衣は、オレンジ色の光に照らされて何やら神秘的なもののように思える。時折吹き抜ける夏の風が心地良い。来て正解だった、と。止めていた脚を動かしたとき、突然視界が暗くなった。

「お姉さん一人?」

見上げて、にやにやとした効果音さながらの顔を見て溜息を吐いた。大学生くらいだろうか。一瞬だけ一成くんの顔が頭をよぎったが、一成くんのほうが彼らよりは幾分かスマートである。ともあれ行く手を阻まれてしまった。して、どう振り切るか。彼らの言葉を右から左へ聞き流しつつ、のろのろと思案を巡らせていると、誰かの手が肩に触れた。

「ワタシの連れに何か用でも?」

何ともベタな展開だ。他人事のような感想を抱いて大学生くんたちを盗み見ると、彼らは少し気まずそうにしながら踵を返して行った。その光景を見送った誉さんは呆れたように短い溜息を吐いた。

「まったく、キミは世話がやける」
「よく分かったね、私だって」
「そりゃあね…む、見たまえなまえくん」

ころころと変わる表情は見ていて飽きない。まるで子供みたいにヨーヨー釣りのほうへ歩いて行く後ろ姿に、思わず笑みが溢れる。

「彼女さんもどう?」

後ろから眺めていると、屋台のおじさんが徐に釣り針を差し出してきた。彼女さん、かあ。小銭と引き換えに釣り針を受け取った私は、よいせとしゃがみ込んで水風船たちと向き合うことにした。ちらりと横目で捉えた綺麗な瞳は光を帯びていた。様々な色の風船を映して、宝石みたいにチカチカと。手元が覚束なかったのは、きとその瞬きに充てられたせいだ。千切れてしまった釣り糸を見て、屋台のおじさんは「残念だったね」と言って笑った。
ふう、と一つ息を吐き出して。立ち上がって浴衣の裾を整えた私の前に、今度は赤色の水風船が差し出された。流れるままにそれを手にする。

「よく似合っているよ」

そう言って誉さんは目を細めて笑った。何に対しての褒め言葉なのか、問おうともしない私には知る由もないわけだが。
右手が差し出される。得意げになってその手をとると、誉さんは少しだけ驚いたような顔を見せた。

「おや、今日はやけに素直だね」
「今日くらいはね」

身を寄せると身体の温度が少し上がった気がした。繋がった手のひらは暑さでじんわりと熱を帯びたが、不思議と嫌な気はしない。季節は夏。暑くて鬱陶しいこの季節も捨てたもんじゃない、なんて調子のいいことを思ったりした。

20170722
浴衣姿で蚊取り線香を持つ27歳詩人、さいこ〜〜に幼女
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