運命の中に偶然はない。人間はある運命に出会う以前に自身でそれを作っているとか何とか、どこぞの政治家は宣ったらしい。偶然も積み重なれば必然になるとはよく言ったもので、私が彼に出逢い恋に落ちたのは、おそらく予め決められていた運命に過ぎないのだろう。先の未来を見通せる力の様なものがあったとしたら一体どれだけ救われるのか。なんて馬鹿らしい、無い物ねだりも良いところである。

見ず知らずの劇団からの申し出を二つ返事で了承したのは単なる気紛れだった。たまたまMANKAIカンパニーが俳優・皇天馬の所属する劇団であり、兼ねてから面識のあった天馬くんから直々の依頼がなければ、詰まらない仕事だと決めつけ一蹴していたに違いない。
冬組旗揚げ公演の間だけメイク係として力を貸す。結果的に第二回公演にも付き合うことになったのだが、それはそれとして。顔合わせだと言って呼ばれたその日、天馬くん以外知り合いはいないと踏んでいた顔触れの中に見知った顔がいた時は流石に驚きを隠せなかった。

「みょうじ家のご令嬢とまさかこんな形で会うことになるとはね。これも何かの縁だ、よろしく頼むよ」

目を丸くする私に彼は右手を差し出し、端正な顔に笑顔を貼り付けて言った。下手くそな作り笑い。毎年、半強制的に参加させられるパーティで何度か見たことのある顔だ。何を考えているのか分からない、本音をひた隠しにしようとする私の苦手なタイプ。仕方なく握った手のひらの冷たさは今でも鮮明に覚えている。

「キミはワタシが苦手だろう」

二人きりになった楽屋で唐突に彼は問うた。図星を突かれて思わずメイクの手を止めると、彼は目を閉じたまま口元だけで「やはりね」と笑ってみせた。
私が彼を意識的に避けていたのは本当だ。しかしそれは“苦手だから”の一言では片付けられない事実だった。重苦しく心中を渦巻く感情の正体。平々凡々な私の脳みそは悩むだけ悩んで、結局その答えに辿り着けずにいたのだが、ニコニコと笑う東さんは面白可笑しそうに一つの可能性を提示してきた。「それって、好きってことなんじゃないかな」何をどうしたらそうなるのか、到底理解が追い付かないというのが正直なところだ。しかし東さんの指摘は案外すんなりと私の中のモヤモヤを消し去った。私は彼が好きなのか。抱く悲しい感情の根源は、不本意ながらもそこに在るらしかった。
しかし恋愛とは儘ならないもので。私が彼を意図的に避けていたように、彼もまたーー理由は分からないがーー私を避けていた。

「誉さんだってそうじゃない。私のこと避けてるの、丸わかり」
「うむ…そんなつもりはないんだが」

薄く瞼を持ち上げた彼は独り言のように呟いて、それから横目で鏡の方を見やった。鏡ごしにかち合った視線にギクリとする。感情の読み取れない瞳、私にはそれが至極恐ろしいものに思えて仕方がない。

「キミは少し彼女に似ている。だから無意識に遠ざけてしまうのかもしれないね」

心臓を握りつぶされたような息苦しさに襲われる。私は適当な相槌を打って、メイク道具の片付けもそこそこに楽屋を後にした。

「あ、なまえさん、打ち上げの話なんですけどーー」
「遠慮しとく。幕が降りたら楽屋には寄らずに帰るから…ごめんなさい」

どう決着をつけていいか分からないだなんて、全く20代半ばにもなって情けない話だと思う。いっそ綺麗さっぱり忘れてしまえたらどんなに楽だろう。姿を見ることが、声を聞くことがこんなにも苦しい。

やはり打ち上げへの参加を断って店にやって来た私に、何かを悟ったらしい店主は物静かな端の席を用意してくれた。他の席から少し隔離されたその空間は、一人思考を巡らせるには丁度いい場所だ。私はテーブルに突っ伏して、グラスの中の細かな気泡を見つめながら深い溜息を吐いた。店の主人が大好きだと零していたジャズ。いつもは心地の良いはずのそれが、今日は自棄に。苛立つ気持ちをどうにか抑えつけようと苦悩するが、しかし現実はどうにも易しくない。カランとドアのベルが鳴り、それと無しに顔を上げた私は盛大に眉を寄せた。

「いいかい?」
「…良くないって言っても帰らないんでしょう」

皮肉じみた台詞に彼は苦く笑って、私の向かいの席に腰を下ろした。

「何しに来たの?」
「キミと話がしたくてね。東さんたちとの打ち上げを抜け出して来たよ」
「一人で飲みたい気分なの」
「そう言わず、少し付き合いたまえ」

グラスに注がれたワインが揺れる。私は机の端のほうに視線を流しながら、カクテルを喉の奥へと流し込んだ。

「別に、話すことなんてないけど」
「どうして打ち上げに来なかったんだい」

吐き出すように返した言葉など気にも止めず、彼はいつもの調子で訊ねた。まともに会話をするつもりなど毛頭なかったが、このとき、私はとっくに疲れ切ってしまっていた。このどうしようもなく馬鹿で身勝手で捻くれた感情は少しも役に立ちやしないのだ。

「…苦しいから」
「苦しい?」
「だって、誉さんずっと前の彼女のこと好きじゃない」

もういい、一思いにぶちまけてしまえ。そう思って口を開けば、ボロボロと本音が零れ落ちた。

「あなたを好きな私のことなんてこれっぽっちも見えてない、それが堪らなく苦しいの」

言葉を投げつけるだけ投げつけて。私は店主に適当にお代を押し付け店を飛び出した。
後ろからついてくる足音は彼のものだと分かっていたが、待てと言われて待てるほどの余裕は無かった。顔を見たらまた余計なことを口走ってしまいそうだ。それなのに。

「…離してよ」
「離したくない」
「な、に…それ…」

二の腕を掴まれ、足を止めざるを得なくなった。彼のこういうところが苦手なのだ。思わせぶりな態度も、無遠慮な発言も、中途半端な優しさも、全て今の私にとっては辛いものでしかない。

「同情なんてやめて」
「同情じゃない、これはエゴだ」
「だから、それが同情だってーー」
「好きなのだ」
「………は?」

きっかり五秒。否、それだけの時間を要してもなお、理解が追いつかなかった。

「ワタシはキミが好きだ」

脳みそが都合のいい解釈を始めたのだろうか、あるいは。一呼吸置いて、私はおそるおそる、ここに来てやっと彼の顔を見た。

「うそ」
「嘘じゃない」
「…嘘でしょ」
「今のワタシを見てよくそんなことが言える」
「それだって嘘かもしれないじゃない」
「あのね…どうしたら信じるんだい」
「信じられない」
「…参ったね」

彼はほとほと困った様子で溜息を吐いた。いつも思考を巡らせる時のように顎の辺りに指をやり、云と唸る。暫くそうしたあと。彼は私の方を見やり、少し遠慮気味にこちらに手を伸ばした。

「ーーこれでも駄目かい?」

潔く彼の台詞を飲み込む他にないのだろう。熱を帯びた視線からはどうにも逃れられそうにない。余韻が残る唇に指を這わせれば、一足遅れて身体の奥が火照るのが分かった。

20170715
書きたいところだけ書いたらよく分からないことになりました。同じような描写ばかり繰り返してる。まあいっかあ!有栖川せんせいの照れた顔がみたい
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