「ワタシは、人の心が分からない。壊れたサイボーグらしい」

彼はそう言って目を伏せた。なんの感情もなく転がり落ちた言葉はやっぱり空っぽで。色さえも帯びていないのに、たまらなく悲しいものに思えて仕様が無い。
星ひとつない空は、深海にも思えるような黒で塗り潰されていた。夜の冷たい風が頬を叩く。耳に届くのは時折響く波音と、草木の騒めきだけ。視界を遮る髪を鬱陶しく思いながら、私は大した手入れもしていないそれを後ろへと掻き上げた。ああ、そういえば。ずっと伸ばしていた髪を切ったのは三年前の今日だったように思う。肩の辺りで切り揃えた髪は今ではすっかり伸びてしまったし、切ったところで何かが変わったわけでもなかったけど。あの頃の私はそうする事でしか、感情の整理を付けられなかったのだろう。
静かに流れる沈黙の中。彼の名前を呼んだ声は波の音に掻き消されてしまった。届きやしなかっただろうな、と。乱れた髪の隙間から彼を盗み見た私の胸はどうしようもなく痛む。あまりに、あまりに綺麗に笑うから。心臓が煩く騒ついて、息をする事さえもままならない。ぼやけた視界をそのままにしておけば、当然、温かいものが頬を伝った。

「どうしてキミが泣くんだい、」

そんなの、誉さんが泣かないからでしょう。
人の心が分からないこと以上に、自分の感情に気付けない彼が可哀相に思えた。愛しい彼女を傷付けて、傷付いて、きっと痛くて辛くて堪らないのに、尚も微笑みを貼り付けて笑う彼は哀しいひとだ。
嗚咽となってしまいそうな言葉を飲み込んで、私は顔を伏せる。触れようと伸ばされた手が空で止まり、行き場をなくしては力無く降りていった。多分、どうして良いか分からない顔をしているんだろう。愛していた彼女が泣いた理由、それさえも分からない彼に、私の感情が理解できるはずなんて無い。

20170711
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -