XX / ピリオドを打て傍観者よ

夏のインターハイが終わり、恒例の追い出しレースが終わり、そうして3年生は引退を迎える。さすれば必然的に2年生が中心となって部活を引っ張っていく。これは自転車部に限らずどの部活とて同じことだろう。引退したとしても度々部活に顔を出す者も少なくはないが、それができるのも精々夏までのこと。外の気温がガクッと下がり、肌寒くなる時期ともなればそうも言っていられない。推薦入試にて進学先が決定している者でなければ、本腰を入れて勉強を始める。

解放された教室には殆どひと気がない。机をみっつ向かい合わせにして座るオレたちの他に、真面目な生徒が数人いるだけだ。図書館にいる人数もたかたが知れている。それなりの用事がなければ、この大変な時期にわざわざ学校へ来るやつなんてそうは居ないだろう。家で勉強できるならそれが一番からな。
オレが今日ここに来たのには、やはりそれなりの理由があった。何かと世話になったマネージャーに勉強を教えるためだ。なまえは文系は驚くくらいに得意なのだが、理数系に至っては破滅的な成績だ。そこで、まあまあ余裕のあるオレと荒北とフクが、それぞれの得意科目を教えてやることにしたわけだ。現在の講義内容は数学。白い紙の上に数字と記号が羅列するそれは、なまえが最も不得意とする科目なのだとか。

「あー、それはさっきの公式を使え。xに代入してyを出してェ、出てきた解をもっかいxに代入すりゃ答え出てくっから」
「…どうしよう靖友。代入したあとの式が解けない」
「はあ?おまえほんっと…そんなんで受かると思ってるんかよ」
「ううん、危機感しかない」
「んじゃもっと焦れ。これはこの問題と同じだからァ」

センター試験まで残り一ヶ月。本当に危機感を感じているのだろう、頭を掴まれたなまえは苦い顔で頷いた。しかし、そうだな、頭を掴むという表現は正しくない。どちらかというと撫でるに近いだろう。椅子の配置のせいもあるのかもしれないが、肩が触れ合うその距離もよろしくない。今更、という気持ちがないといえば嘘になるが、勉強中にそんな光景を見せられて気にならないほうがおかしいと思う。

「なあ…さっきから気になっているんだが、おまえたち近すぎやしないか?」

いくら仲が良いにしても、だ。
できたら別のところでやってくれという気持ちを込めて言ってやると、目の前の二人はキョトンとして顔を見合わせた。こいつらの怖いところはそれを当たり前と思ってやってのけるところである。

「そう?」
「明らかに距離の取り方を間違えているだろう。どうかと思うぞ」
「これくらい普通じゃナァイ?」
「いやいやいや」
「っせーな」
「東堂って変なとこ細かいよね」

一応断っておくが、オレはそこまで言われるほど細かい人間ではない、――はずなのだが、こうも言い切られると自信がなくなってきた。いいや、普通でないのはなまえと荒北の認識だ。オレをはじめとする自転車部の部員だけではない。クラスメイトたちでさえも、「は?あの二人付き合ってないの?」と噂しているほどなのだから。
そもそも何故付き合わないのか。目の前でいちゃつかれ正直なところいい気分がしなかったオレは、少々意地悪な質問を投げかけてみることにした。

「付き合わないのか」
「は?付き合うって、誰と誰が」
「おまえと荒北だ」
「わたしと靖友?付き合うの?」

虚を突かれたかのような表情で首を傾げたなまえが尋ねる。対して、面倒臭いとばかりに顔を歪めた荒北は、目の前の数式を解きながら至極不機嫌そうな声で応えた。

「何でおまえと付き合わにゃなんねーんだよ。ま、付き合うなら断然3組の山田チャンだな」
「山田ちゃん彼氏できたってよ」
「7組の田中だったかァ?」
「え、それほんと?」
「ホント。つか早く解け」
「そういえば大学の近くにいいマンションがあるらしいんだけどさ」
「わーったから解け」

まったく、何なんだおまえたちは。そこまで興味もないであろう生徒の名前を出したかと思えば、唐突にマンションの話をしたり。まさか大学生になったら同棲でもするつもりだろうかと不安になってくる。せめてそういうことは正式に恋人同士になってからにしてくれ、と思ってしまうあたり、もしかしたらオレは本当に細かい人間なのかもしれない。いや、だが、しかし。
ペンを動かすフリをして思考を巡らせていると、なまえの携帯電話が振動した。「あ、お母さん」席を立ったなまえは駆け足で教室を出て行く。電話の向こうに話し掛ける声がかすかに聴こえてきたところで、荒北が口を開いた。

「余計なこと言うんじゃねェよ東堂」
「いやなに、見ていてムカついたんでな。当て付けだと思ってくれればいい」
「ハッ、まさかおまえもあいつのこと好きなわけェ?」
「友人としてな」

間髪入れずに返すと、軽い舌打ちが響いた。大方「おまえも」という言葉に含まれる意味は二つだろう。
だが、一方で心配する必要もないだろうと思う。なまえがわざわざ志望校のレベルを上げて洋南を受けると言い出した理由も、諦めることなく苦手科目に食らいついているわけも、気付いているんだろう、つまりはそういうことだ。

「早く付き合えよ」

なるほど、付かず離れずという表現がよく似合う。そう思いながら、返ってきたささやかな悪態を聞き流し、オレは再度目の前の問題集にとりかかるのだった。



20140220
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テーマ「人外ファンタジー」
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