XX / いつまでも終わらないで欲しいと願っていたよ

ベラベラベラベラよく動く口だと思う。思い返せば初めて会ったときからそうだった。徹底的に無視を決め込んだところで意味はない。ひたすらに一人で喋り続るそいつを煩えと怒鳴りつけたら最後、へらりと笑ったそいつは他人のテリトリー内に静かに踏み込んで来る。入り口で靴を揃えりゃ何をしてもいいとでも思ってんのか。けどまあ、つまりそういうやつなんだ、こいつは。

「今朝東堂から電話があったんだけどさ、チョコくれって煩かったから切ったのね。そしたら見てこの着信履歴。これ着拒すべき?」

同じ名前がズラリと並んだ履歴画面。登録名が「でこっぱち」なのは高校のときから変わってない。昔のマネージャーからバレンタインデーのチョコレートを催促するあいつのしつこさも、高校のときと何ら変わりはなく。なまえはのろい動作で履歴を削除しながら口を開いた。

「がっこのファンからもらえるじゃんって話だよね。靖友じゃないんだから」
「ケンカ売ってんのかブス」
「え、むしろ貰えたの?」
「貰ってねえよ。お返しめんどくせーから全部断った」
「ナチュラルに自慢しないでよ」
「してねーしィ」

どうでもいいけど携帯いじりながら歩くんじゃねーよバカ。転ぶぞ。そう思っていたら、隣のバカが案の定何もないところで躓いてバランスを崩した。咄嗟に掴んじまった二の腕にギクリとする。ドキリなんて可愛いもんじゃねえよ、ギクリだ。「可愛かった?チョコくれた子」オレの考えていることなんて知る由もないなまえは、助けてやったことに対する礼も言わずにカラカラと笑った。ありがとうくらい言ったらどうだと、とりあえず頭の中だけで悪態をつく。

「新開は今年も喜んでんだろうなあ。福富もモテるし」
「福ちゃんのファンはガチ勢が多かったかんな」
「けど恐ろしく鈍感だから気づかないんだよね。わたしの知る限り4人はいた」
「ハッ、福ちゃん罪なやつ」
「懐かしいね」
「懐かしむほどのもんでもねーだろ。まだ卒業してそんなに経ってねーんだからさァ」
「懐かしいよ。みんな元気かなあ」

あいつらも、黒田も泉田も真波も葦木場も、みんなウザってーくらいになまえに懐いてた。だから振り返ってみて抱く感情といえば、懐かしいよりはムカつく。一番仲がいいのは自分だという自覚はあっても、結局こいつはオレのものにはなっちゃくれない。のらりくらりと躱されながらついに三年以上。鈍感なのか何なのか(幸か不幸か)なまえはオレの気持ちにまだ気付く気配がない。まあ別にこれといったアクションを起こしたことはねーけど。よく喋る口を横目で眺めていると、「ときに靖友さん」薄ピンク色の唇が少し控えめに呼んだ。

「チョコレート好き?」
「はあ?」
「嫌い?」
「…べっつに、好きでも嫌いでもねーけど」

オレが甘いもん食ったりしてるのを見たことがないわけでもあるまいし。今更聞くことでもねーだろ。そう返すと、腹のあたりに一つ四角い箱が押し付けられた。あまりの勢いに一瞬殴られるのかと思った。視線を落とした先にあったその箱は、さっき寄ったコンビニで見た気がしなくもない。申し訳程度に付けられたメッセージカードには、こじんまりとした書体で「靖友へ」と書かれている。きったねえ字。「義理チョコだから!金城くんにもあげたし!」あーそう。義理チョコ、ねえ。

「断ったら可哀想だからァ、もらってやるよ」

なまえは顔を真っ赤にしてそっぽを向いていた。理由はなんであれ、その表情の原因は紛れもなくオレらしい。笑えてくる。コンビニの安い義理チョコに喜んでる自分がバカらしいという意味も含めて。

「コンビニで買うとこがおまえだよなァ。色気ねーの」
「味は保証します」
「製造者がな」
「わたしが料理できないの知ってるでしょ」
「威張んな。それでよく一人暮らしとかしよーとか思ったな」
「だって靖友いるじゃん?」

盛大に顔を歪ませたオレを指差して笑いながら、なまえは「ねえねえ、」と当たり前のように身を寄せてきた。さっきまで照れてたくせに何なんだ。左隣がうるせえ、超絶歩きにきぃし、ほんっと、くっつきすぎだっつの。

「ねえ金城くんに教えてもらったんだけど、ここのプリンが美味しいらしい」
「あー、だからァ?」
「ホワイトデーのお返しはここのプリンで」
「くたばれ」

この安いチョコの目的はオレにプリンを買わせることだったらしい。
文句があるなら返せと、わけがわからないことをほざく顔を押し返してチョコを死守する。もらったもんそう簡単に返せるかバァカ。ぶすくれたなまえはオレの持っているビニール袋の中身を漁り、スーパーのレジ前で見つけたという板チョコを丸かじりした。この前太ったとか何とか騒いで、ダイエット雑誌を数冊買ってきたのはどこのどいつだ。

「それ以上ぶーチャンになったら貰い手なくなるぜ。ダイエットしろダイエット」
「靖友のご飯が美味しいのがいけない。この世話焼き主婦め」
「誰の世話焼いてやってると思ってんの」

世間がバレンタインデーだの告白だのと騒がしい今日の夕食はキムチ鍋だ。なまえは食材の半分が入ったビニール袋をぶんぶんと振り回している。バレンタインデーに好きな女とキムチ鍋って。

「ホワイトデー楽しみにしとこ」

まあ、こんな毎日も悪かねーか。楽しそうな横顔を見つめながら、ぼんやりとそんなことを思ったりした。



20140212
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