03 / 来たる夏は炭酸水に溺れた

地面を照らす陽がだんだんと鬱陶しいものになってきた。大学は既に夏季休業に突入し、わたしはわたしで退屈な毎日を送っている。クーラーの効いた室内は快適だ。けれど、せっかくの夏休みにこうして家でゴロゴロしているだけというのも勿体無い、そんな気がする。

「荒北さん海行きましょう」
「ヤダ」
「わたしの水着みたいでしょ」
「頭大丈夫かヨ貧乳」
「今の言葉で傷つきましたワタシハダレ」
「おまえがやるとシャレになんねーからァ」

本読んだり雑誌読んだり、そんなことしてて楽しいのかと聞きたくなる。というか荒北さんはどうしてわたしの部屋にいるんだろう。この人が常日頃わたしの近くにいることについてはツッコんだら負けだと思ってるが、気にならないといったら嘘になる。まあ別に居心地が悪いわけでもないから結局のところどうでも良くなってしまうわけで、その理由については未だ尋ねることができずにいる。
インターホンが鳴った。出て欲しかったけど荒北さんが動いてくれるはずもないので、のろのろと起き上がって玄関へ向かう。ドアを開けると熱気が流れ込んできた。こんな暑い日にどちら様ですか。眉を寄せながら顔を上げると、真夏、という格好した男の人が二名。

「海に行こう」

浮き輪を持った東堂さんの隣で、新開さんがバキューンとやった。いやそんなドヤ顔で言われても。

面倒くさいと文句を言う荒北さんを引っ張って、急遽わたしたちは海にやってきた。人、人、人。あまりの混雑具合に荒北さんはさらに不機嫌になる。荒北さんは人ごみが嫌いだ。この前学食が食べたいと言って食堂に連れ出したら、その後数時間不服そうな表情を貫いていた。

「わたしの水着姿見て元気だしてください」
「チェンジ」
「悪かったですね!胸なくて!」

冗談のつもりだったけど真顔で返されたらわたしだって傷付く。だいたい乳なんて邪魔なだけですよと文句を垂れていると、新開さんと東堂さんが背後に現れた。腰周りと脚を遠慮なく触られたんだけど、これってセクハラで訴えられますか。

「よく見ろ靖友いいくびれだろ?」
「いい脚じゃないかなまえ。荒北は脚フェチだから気をつけたほうがいいぞ」
「おまえら絵面的にマズイからヤメて今すぐ」
「脚フェチについては否定しないんですね。わたしの半径二メートル以内に近寄らないでください」
「るっせ短足」
「うわん!」

言っておくけどわたしは短足なんかじゃない。身長も座高も平均的だ。そりゃあ女の子なんだから荒北さんに比べたら短くてあたりまえじゃないか。どうにかこうにか荒北さんに仕返しをしようと、屋台で買ったかき氷を口に運びながら考える。あ、あの三人ナンパされてるし。お姉さんたち胸でか。荒北さん脚見過ぎだし何あれ本気で脚フェチなのか、てか何考えてんだろムカつく。
ほらほら連れがここにいますよーなんて思ってはみたけど、遠くにいる三人が気付くはずもなく。そうしてむっとしていたら二人組のお兄さん達が話しかけてきた。「ひとり?」いやそんなわけないだろ聞くなよ。海に一人とかそれどんなさみしい女だよ。うわあ、どうしたらいいのこれ。

「ナンパとかベタなことしてくれるじゃナァイ」

黙りを決め込んでいると、にゅっと現れた荒北さんがお兄さんたちに向かって言った。ななめ45度は人が格好良く見える角度だと言う。荒北さんが格好良く見えたのは、きっとそのせいだ。

「悪いな。女の子ならよそを当たってくれ」
「ハッハッハ!声をかけたくなるのも分かるがな!なまえと遊びたいというならこのオレを通してからにしてもらおうか!言っておくがオレはこの通りの美形だ!つい最近まで箱学一のイケメンと呼ばれていたくらいだからな!この間なんて――」

新開さんと東堂さんまでやってきて周りを固めるものだから、わたしは何だか気まずくなって足元を見た。でも東堂さんのマシンガントークのおかげで恥ずかしさなんて何処へやら。勢いに押されたのか、お兄さんたちはどこか青い顔をして去って行った。

「む。もういいのか。まだ話し始めたばかりなのに失礼な奴らだな」
「大丈夫か?」

こちらを覗き込む新開さんに、わたしは一つ頷いた。新開さんがふわりと笑う。それよりお姉さんたちはもういいんだろうか。ちらりと見たお姉さんたちは、何よあれと言わんばかりにわたしを見ているような気がした。何だかとても申し訳なくなって顔を伏せたわたしの肩に、布、じゃなくてパーカーがかけられた。驚いて顔を上げれば、「前閉めときなヨ」なんて荒北さんが言うもんだから思わずポカンとしてしまった。そんなわたしの顔面にビーチボールが命中する。

「何惚けてんのォ?海来たいつったの誰だよ。オラ、遊べ」
「…ブサイクになったらどうしてくれるんですか」
「もう手遅れだろ」

そうだよもう手遅れだよ色々と。わたしも単純だなと思いながら、とりあえず言われたとおりまだ熱の残るパーカーのジッパーを閉めた。



20130124
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