02 / 緩やかに、そして確実に春は散り行き

最近の病院というのは中々に薄情なもので、目が覚めて身体に異常がないとわかったら直ぐに追い出された。入院費もバカにならないだろうから両親からしたら有難いことだ。けど、記憶がなくなってそこそこ混乱しているわたしに大学へ行けだなんて、そんなことあっていいのかと多少の理不尽を感じている。まあ、どうやら事故はわたしの不注意が招いたものらしいから、学費云々の話もあるし、文句の一つも言えないのが現実だ。

一人っ子で小さい頃から両親は共働きだったから、大学に入ってから一人暮らしをしていると聞いてもすんなり受け入れることができた。さしあたっての問題は大学生活だった。右も左も分からないキャンパスライフを送るのかと思うと、胃がキリキリと痛んだ。しかしそんなわたしの心情を察したかのように、その日の朝は当たり前のように荒北さんが迎えに来てくれた。同じマンションの同じフロア、極めつけには隣部屋に住まう荒北さん曰く「ついでだ」とのこと。そんなこと言ってどうせわたしのこと好きなんでしょ。思ったまま口にしたら足を引っ掛けられて転んだ。痛い。何だってどうして荒北さんみたいな意地悪な人なんだ。同じ高校時代の友達なら福富さんのほうがよっぽどいい。記憶を失う前のわたしはまさか荒北さんが好きだったんだろうかと疑問に思うが、否そんなことあっていいはずがない。ほら、もっとこう、穏やかで優しいひとが好みなんだよわたしは。

「何聞かれても適当に流しとけ」
「はい」
「授業はまァ何とかしろ」
「はい」
「あとおまえオレと金城以外に友達いないから」
「はい。……え!?」

金城さんって誰、というより、二人しか友達いないってどういうことですか。確かにわたしは小学校の頃から友達は多い方ではなかったけど、一緒にご飯を食べたり話したりする女友達くらいはそれなりにいた気がする。え、大学生がこれだけいて友達そんだけとか、どんだけ内向的な毎日を送っていたんだ。自分の社会性のなさを本気で心配していると、後ろから誰かに体当たりされた。目の前に荒北さんがいなかったら今頃、わたしは硬い地面とキスしていたに違いない。

「なまえなまえなまえなまえなまえ!!車に跳ねられたなんて言うから心配したぞ!?大丈夫か!?おまえのことだからちゃんと確認しないで飛び出したんだろう!本当はすぐにでも飛んで行きたかったのだが、つい昨日までイギリスのほうに行っていてな!巻ちゃんと久しぶりに走れたのは嬉しかったがなまえのことを考えると気が気じゃなかったぞ!でもよかったな無事で!またこうして会えることがオレは嬉しい!」

肩を掴まれてぐわんぐわんと揺らされる。何言われても適当に流せと荒北さんは言っていたけど、この勢いを躱せるものなら是非とも方法をお教え願いたい。

「荒北さん、この人誰ですか」
「何!?この美形を忘れるとはおまえ…まさか記憶喪失に!!」
「だァからァ!そーだって説明しただろがボケナス!てめーの脳はニワトリ以下か!?あン!?」
「あ、そうだった」

ポン、と両手を打った男の人は東堂さんというらしい。付き合いは長いらしいが成る程覚えていない。しかし何というか。お見舞いに来てくれた新開さんや福富さんもそうだが、わたしは正直なところ自分の交友関係に疑問を抱いている。どうしてこうも男の人ばかりなんた。いくら部活のマネージャーをやっていたとは言え、ここまで女友達がいないといっそ不安にもなる。

「つか東堂、おまえガッコは」
「ん?休んできたが」
「帰れ」
「何故だ!オレだってなまえと話がしたいのだ!おまえだけズルいぞ荒北!」
「ウッぜェ!!」

言い合いを始めた荒北さんと東堂さんを遠目に見ていると、「なまえ」誰かがわたしを読んだ。振り返ると眼鏡をかけた男の人がいた。

「……えっと、」
「金城だ。荒北から聞いてないか?」

お友達だというひとの顔と名前が一致して喜ばしいはずなのに、わたしの心は申し訳なさでいっぱいだった。記憶をなくす前のわたしを知っている彼らは、みんなこうして気にかけてくれる。わたしはそれに応えられない。だって、彼らと過ごした三年間を、わたしは断片たりとも思い出せないわけで。

「大変だったな」
「いえ。そんなことないです」
「そういうものは何かふとしたときに思い出すことがあるそうだ。焦らなくていい」

金城さんはわたしの頭にポンと手を置いて、それから建物のほうに歩いて行った。その後ろ姿をぼんやりと見つめていたら、東堂さんを追い返した荒北さんが不機嫌そうな顔でわたしを見てきた。

「で?なァに顔赤くしてンのォ?」
「えっ…そ、そんなことないです!別にカッコよくて優しくてタイプだとかそんなこと思ってないですから!初対面だし!ただちょっと恥ずかしくなったというか!」
「……」
「無言で髪掴まないでください!いたっ、痛いってば!暴力反対!」
「頭に刺激与えれば思い出すんじゃナァイ?」
「それなんて荒療治!?」

向こうの方で東堂さんが手を振ってる。可哀想だから振り返しておいたけど、それよりも頭皮が心配で仕方ない。将来禿げたら荒北さんのせいだ。

「荒北さん、少しは金城さん見習ってわたしに優しくしてください」
「言ってろバァカ」

馬鹿って言った馬鹿って言った!確かにこの講義意味わかんないしおじいちゃんの声がヨボヨボで眠たくなってきたけどさあ。無言で足を踏みつけようとしたら避けられて逆に踏まれた。何ですかそれ足に目でも付いてるんですか。じんじんと痛む小指に耐える。荒北さんなんて記憶喪失になっちまえ馬鹿。



20140124
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