01 / その事実の息苦しさに、手のひらの上で踊る花びらの呼吸はゆっくりと奪われる

目を覚ますとそこは病院のベッドでした、なーんて良くある話、――なわけないだろう。あったら困るし今わたし絶賛困ってる。えーと待て待て何があったというんだ。とりあえずお母さん何処、あ、それとそこのお兄さん、できればこの息苦しいことこのうえないマスクを取ってはくれないか。でもおかしいな。随分と喉が渇いているらしく、声が出そうにない。喉が、痛い。というか何故このお兄さんはわたしの手を握っているんだろう。しかも泣きそうな顔をしているし、そんな顔をされたらいくら知らない人でも罪悪感が湧いてくる。お兄さん女子高生好きなのかな。ほらいるじゃん、女子高生なら何でもいいよ的なアレ。これってそういうサービスなのかしら。今時の病院は色んなことやってるんだなあ。
声が出ないことに痺れを切らし、わたしが自分の喉に手をやった(あれ、何で震えてるの)とき、病室の扉が開いてドクターが入ってきた。先生はわたしに名前と年齢を聞く。バカにしてんのかと思ったが、仕方なくその質問に答える。

「みょうじ、なまえ…春から高校生、…?」

何か変なことを言ったのかもしれない。そう思わざるをえなかったのは母と父の顔が絶望的に歪んだからである。そんな顔見たの、中学受験落ちたとき以来だ。

記憶喪失なんてドラマや漫画の中の話だけかと思ってた。意識はしっかりしているし記憶を失ったという実感はないのに、曰く、わたしは逆向性健忘なるものらしい。高校時代から事故に至るまでの記憶がごっそり抜けてしまっている。つまり、わたしは高校生などではなく事実的には大学二年生になるそうだ。ご飯を42食食べ逃したことよりも、一番驚いたのはそこである。

「高校生なんていったら薔薇色じゃないですか。青春ですよ青春。これから謳歌しようと思ってたのにこんなことってありますか。そうだ荒北さんってわたしと同じ学校だったんですよね。どうですかわたし青春してましたか」
「いつも単位ギリギリだったことしか覚えてねェな」
「うそ!わたし頭いいのに!」

確かに中学受験も高校受験も両親の望む結果は出なかったけど、後者に関しては意図してのものだ。学力はあった。けど、親に反抗したかった。それだけだ。だから箱根学園に入ったらそこそこな成績を維持して悠々と過ごす予定だったというのに、何落ちこぼれてるんだわたし。何かあったのかな。写真を見る限りグレた様子はないから、もしかしたら何か楽しいものでも見つけたのかもしれない。そうだったらいいのにと思う。

「ていうかドクターも心配性ですよね。刺激になるといけないから探るのはやめて自然に思い出すのを待てって。なんすかそれ気になるじゃないですか。荒北さん何か知ってること教えてくださいよー」
「だァー!大人しく寝てろ!さっきからうるっせーの!!黙れ!」
「痛い痛い痛いわたし病人!」
「都合のいいときだけ病人やってんなボケナス!」

左頬を思い切りつねられて涙目になる。大人しく白いベッドに戻ったわたしは気になってやまないことを聞いてみることにした。

「わたし彼氏いました?」
「鏡見てから出直せブス」
「そんなに悪くないと思うんですけど…荒北さんかと思ってた」
「ア?」
「彼氏」

そう思ってしまうのが普通じゃなかろうか。大学の友人だというひとは何人か来たけど、ほとんど毎日ここにやってくるのは荒北さんくらいだから。しかしそれを告げるや否や、荒北さんは心底嫌そうな顔をしてみせた。

「何が悲しくておめーみたいなブスと付き合わにゃなんねェんだヨ」
「えーわたし結構荒北さんタイプふぎゃっ」
「寝てろつってんだァ殺すぞ」

頭を鷲掴みにされて布団を被された。窒息窒息。なんとか布団から顔を出して息をゼイゼイとやれば、荒北さんに鼻で笑われた。なんだこの人。そこそこいいのは顔だけで性格最悪だなホント。やけに記憶に張り付いているのだけど、わたしが目を覚ましたときのあの泣きそうな顔は何だったんだろう。いっそ幻覚なんじゃなかと思う。尋ねようとしたその話題については何故か触れることができず、わたしはただ読書をするその姿をぼんやりと横目で見ていた。



20130120
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