人生何が起こるかわからないって言うけど本当にそうだと思う。わたしだってこんなの想像してなかったし想像したくもなかった。いつもとちょっと違う今日は鏡の前で笑顔チェック。大丈夫。ちゃんと笑顔。

「先輩先輩!ご機嫌うるわしゅう!わたしは今日も元気に先輩一筋です!」
「おー。そういやおまえが来ないって真波のやつ騒いでたけど、何してたのォ?」
「午前中は転校の手続きしてました!」
「へえ、…はァ!?」

最近スルースキルを身につけた先輩でも、これに関しては流せなかったらしい。先輩の疑う通り嘘だったらよかったのに。今日がエイプリルフールだったらよかったけど、あいにく今日は何のイベントもない平日の午後だ。

「転校って…どういうことだよ」
「親の転勤ってやつです昨日言われました!先輩と離れるのは悲しいけど、こればかりはどうにもなりませんでした!」
「…えらい急だな」
「そうですね!」
「……」
「…えっと、今日明日でお別れです先輩。もう付きまとわないから、わたしのことは忘れて自由気ままに学園生活を送ってください。…い、ままでありがとうございました!」

泣きそうになるのを堪えてガバッと頭を下げる。もう笑えない顔を伏せたまま踵を返すと、強い力で腕を掴まれた。困ったな。これじゃ逃げられないし、バカなわたしは自惚れる。都合良く、もしかしたらって思ってしまう。

「この手は何ですか」
「わかったら苦労しねーよボケナス」
「あはは逆ギレ」
「あんだけ付きまとっておきながら、最後は随分あっさりしてるじゃナイ。今までのはウソだったんかよ」
「マジです。本気と書いてマジと」
「茶化すな」
「…本当に好きって言ったら、わたしと先輩の関係はどうにかなりますか」

初めて茶化さないで言えた本音は情けなくも震えてしまった。先輩が手に力を込めるせいで、痛くて痛くて泣きそうだ。何か言ってよ先輩、うそ、何も言わないでこの手を離してよ、先輩、お願いだから。泣き顔は見られたくない。どうせ最後なら、報われないのなら。

「なまえチャン、」
「な、なーんちゃって!本気にしました!?あははは!」

笑顔でさよならって言わせてほしい。そうしたらこの初恋もすっぱり終わるって、無理やり思いながらわたしは笑った。けれど先輩は笑ってくれなくて、むしろ呆れたような怒ったような顔をして、一つ、溜息。

「おまえの好きは聞き飽きた」
「先輩ってば辛辣ぅ…さすがのわたしでも傷付きます、よ、」
「だからァ、最後にもっかい言え」
「へ」
「オレの気が変わる前に、もっかい言っとけ」

なんですか、それ。照れるくらいなら言わなけりゃいいじゃん。泣きそうなわたしに同情してんですか。そんなふうに顔真っ赤にして言われたら今度こそ本当に勘違いするよ。自惚れちゃっていいの、ねえ、先輩。ぶわっと涙が出てきて先輩の照れた顔が滲んだけど、嗚咽が邪魔して理想の告白なんてできそうになかったけど、それでも想いは溢れてきた。

「好きっ、ですっ」
「おー」
「りゆ、なんてっ、ない、す!ぜんぶっ、好きぃっ、」

なにを言っているのか自分でもわからなかった。ただ伝えたかったのは好きだという二文字だけだった。それだけだ。

「オレもなまえチャンのこと好きってことにしといてやるよ」

呆れたふうな笑顔を浮かべた先輩はわたしを腕の中に収めた。涙が引っ込む。今ここにあるはずの現実はやっぱり夢に思えて仕方が無い。信じてもいない神様に頼み込んでしまうくらい、わたしは先輩にずっと抱きしめてほしくて、もう一度名前を呼んで欲しかったから。好きと言われたらどれだけ幸せか。毎日飽きずバカみたいに先輩のことを考えていた、だから。恐る恐る試しに頬っぺたを摘まんでみる。じーんという刺激が脳に伝わる。涙で濡れた顔は今頃目も当てられないほどにぐしゃぐしゃになっているに違いない。

「ぶっさいく」
「先輩のせいです。お詫びにキスしてくださ、」

ああもう本当に何なんですか不意打ちにもほどがある。迷うことなく唇を捉えた熱と、見たこともない顔で笑った先輩のせいで、心臓やら脳内は大惨事だ。痛いくらいにあつい。幸せすぎていたい。混乱する頭の中を過ったのは、やっぱり好きだという今更ながらの感情だったりした。


恋のけぶり end
20140201
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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