頑張れという言葉は本当に無責任だし、心底投げやりなそれだと思う。
腹の中には常に捻くれた考えばかりが居座り続けている。中学時代、顧問の先生やコーチにもよく言われた。どうやらわたしの応援には気持ちがこもっていないらしい。応援の言葉なんて鼻っからアテにしていないわけだから、そりゃあそうだ。そもそもチアリーディング部に入ったのは、ダンスが好きだったのと、衣装が可愛かったからという不純な理由だった。別に人様を応援したかっただけじゃない。勉強も、部活も、恋も、何事にも中途半端に接してきたわたしに心のこもった応援なんてできるはずがない。応援されるべき人たちはみんな言われなくても十二分に頑張っているのだ。こんな腹黒な考えを持つわたしなんかに全力で応援されちゃ、気分不快もいいところだろう。

やはり大した理由もなく、入学した高校は自転車競技なるものの強豪校だった。サッカー部や野球部の応援同様、彼らのレースにもチア部は駆り出される。その日も例外なく、指定の場所で選手たちに向けてエールを送った。出場は二年と三年の先輩のみ。顔見知りなんて一人もいなかったため、見栄えが悪くならない程度に気を抜いて応援を終えた。

「オイそこの一年!」

先輩たちについて横にはけようとしたときだ。ズカズカと踏み入ってきた選手の一人がわたしの腕をガッと掴んだのは。

「やる気ねェんなら引っ込め」
「は?」
「おまえみてーなのに応援されっと選手のやる気まで削がれんだヨ」

がやがやとしていたその場は一瞬でシンと静まり返ってしまった。何かを勘違いした部長が一言、「ちょっと荒北!なまえちゃんが可愛かったのはよーく分かったから、アプローチは後にしてよね!」と言って和ませてくれるまでは、わたしも気が気じゃなかったというのが本音である。あらぬ誤解をされ、怒って赤面した荒北先輩には申し訳なかったが、わたしは一人ホッとして胸をなでおろしていた。
後に聞いた話によると、「くっせェ匂いがした」とのことだ。先輩は何かと目敏いらしい。見かけによらず理性的で、優しくもある。如何せん出会いが出会いだ。初めこそ嫌われているに違いないと決めつけていたが、単なる杞憂だったらしいと自覚し始めた今日この頃である。

「めっずらしィ、なまえチャン頑張んないタイプじゃなかったの?」

一人振り付けの練習をしていると、制服姿の先輩が廊下の角を曲がって来た。大きな鏡のあるこの場所は、ダンス部やチア部の密かな練習場所となっている。ここに部員以外の人が来ることは珍しい。

「何か用ですか?部活は?」
「この雨じゃできねーだろ。そっちは何してるわけ」

水滴のしたたる窓を見やった。今朝から降り続けている大雨はおいそれと止みそうにない。「確かに」呟くと、先輩はもう一度同じ質問を投げかけた。

「練習です。わたしもたまには頑張ってみようかなと」
「ハッ、いい傾向じゃなァイ」

ここだけの話だ。
わたしは今まで練習や努力を好き好んでしたことはなかった。そんな人間の口からこんなにも珍しい言葉が飛び出るだなんて、なるほど自分でも驚きである。重たいという自覚があるだけ決して口にはしないけれど。言わないけれど、わたしを変えたのは他の誰でもなく、荒北先輩だったりする。
どうしてそんなに頑張るんだろう。初めは純粋な好奇心だった。単なる興味が別のものへと変わっていくのに、そう時間はかからなかった。
ひたすらに走る、その背中に惹かれた。かっこいい人は他にもたくさんいると先輩たちは言ったが、わたしは、わたしが惹かれたのは他の誰でもなく先輩だった。たったそれだけの単純なことだ。だから、わたしは頑張ろうと思った。先輩に追いつけるように。先輩と並んでも、恥ずかしくないようにと。

「せいぜい頑張んなヨ」

後輩が先輩に憧れるのとは、また違う感情だと思う。頭に触れた熱が遠ざかって行くのをもどかしく思うのも、おそらく。

「あの、せんぱ、――っ、」
「うお!?」
「うぎゃ!」

外は生憎の雨。湿気に加えて、傘を持ち込む生徒がいるせいで廊下は滑りやすくなっていた。だからって、どうして何もないところで躓くなんてしたんだ。先輩も、わざわざ受け止めるなんてせずによけてくれればよかったのに。

「えっと、…ラッキースケベってやつですか?」
「じゃねえっつの!オラ!てめえさっさと退け!」
「先輩、アドレス教えてください」
「この状況でェ!?」
「わたし、頑張りますから」

言うと、先輩は怪訝そうな表情のあと溜息をついた。その頬が、わずかではあるけれど以前のように染まっていたのを見てはたと気付いた。あのときの先輩は怒ってたんじゃなくって照れてたんだ、なんて。



20140406
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