初めて嘘をついた。わたしは自他共に認める馬鹿正直者で嘘が下手くそだから、勘付かれてしまわないかと手を震わせながら。受話器の向こう側が静かになったときは怒鳴られることを覚悟したほどだが、間延びした返事を聞いて安堵した。暴露てはいない。何とか突き通さねばならない。そうしなければ、明日のためにとやってきた準備は全て水の泡だ。
ケーキの予約はしっかりとした。家の飾り付けもばっちり、両親には二人きりの夫婦旅行に旅立ってもらったからその辺りも抜かりない。欲しいものもリサーチ済み。「明日は家の用事があって、」今日の予定を聞かれそう返答せざるを得なかったのは、何を隠そう、彼へのプレゼントを買いに行くためである。

「付き合ってもらっちゃってごめんねー、おかげでいいもの買えた気がする」
「いいっすよ。どうせ暇だったし」

一人で行け、だなんてそんなハイレベルなことはどうか言わないでほしい。男物のアイテムばかりが並ぶお店にお一人様で立ち入ることは、意気地なしのわたしには到底できやしなかったのだ。そこで、わたしは後輩の黒田くんを誘ってみた。靖友をリスペクトしている彼なら二つ返事でオーケーしてくれると踏んだのである。
そんな経緯はともあれ、無事バースデープレゼントを買うことができた。あとは明日の昼間にケーキを受け取りに行って、主役がマイハウスを訪ねてくるのを待つだけだ。
意気揚々としながら明日の予定を確認していると、「なまえさんなまえさん」隣を歩いていた黒田くんがわたしの肩をツンツンとした。なんだい黒田くん、ところで今キミの食べているクレープ美味しそうだけどいつ買ったの?わたしも買えばよかったなあ、――と、前を見たわたしは、

「ねェ、何してんの?」

顔面蒼白になった。確かに顔から血の気が引くのを感じました。
何故彼がここにいるんだろう。ここは寮から大分離れているし、今日は家で寝るとか何とか言っていたはずなのに。いや、今更理由を考えたところで何も変わらない。さしたる問題は今現在、顔をひくつかせてわたしを見下ろす彼に何と言葉を返すか、である。

「今日は家の用事つってオレの誘い断ったよなァ、なまえチャンよォ」
「こ、断りました!」
「んじゃあ、何でおまえ黒田と仲良く歩いてんの?」
「これには海よりも深い理由がございまして…!やましいことは!やましいことは一切ございません!」
「へーえ…やましいことねえってなら、オレの誘い断って黒田なんかとデートしてる理由ちゃんと説明できるよなァ」

お怒りである。これはもう何かしらの供物を献上しても怒りは収まらない、そんなレベルだ。

「靖友くん靖友くん、いつもよりお顔が怖いゾ」
「今オレ冗談通じねえから」

渾身のギャグも一蹴され、逃げ場などどこにもないこの状況。黒田くんは我関せずといった様子で近くのたい焼き屋さんに行ってしまった。「カスタード一つ」さっきクレープ食べていたはずだが、まだ食べ足りないらしい。出来ればわたしもカスタードお願いしたいのだが、って、そんなことを考えている暇はどこにもない。何か、何でもいいから言葉を発しないと、靖友の堪忍袋の尾がはち切れてしまう。

「やましいことはない、けど、理由は言えない、です」

声を絞り出してはみたものの、これではまるで答えになっていない。靖友の顔がさらに歪む。

「理由言えないけど浮気じゃないよ?わたしがこんな奴と浮気すると思う?」
「こんな奴でも浮気は浮気だろーがよボケナス…!いつからンな尻軽になったんだ!?ア!?」
「しっ、尻軽とか言わないでよ!!わたしが一途なの知ってるくせに!」
「一途だったの間違いじゃねーか!浮気じゃねえなら理由を言えっつーの!」
「理由理由って細かいことばっか言わないでよ!靖友の誕生日プレゼント買ってました!!」
「はァ!?」

思わず口をついて本当のことを話してしまった。嘘がつけない軽口にここまで後悔の念を抱いたことがあっただろうか。いや、ない。サプライズパーティが水の泡だ。どうしてくれる。

「そんなことかよ…なんでさっさと言わねえの?」
「サプライズだよサプライズ!靖友のせいで台無し!」
「勘違いしたオレがバカみてえじゃねえか」
「そーだよドアホ!バカ!」
「アア!?誰がバカだバァカ!!」

靖友の驚く顔がみたかったのに、こんなのってひどい。こみ上げて来る悔しさを込めて馬鹿だのアホだのと叫び続けていると、「そろそろいいすか?終わりました?」たい焼きをもぐもぐと咀嚼した黒田くんが言葉を挟んできた。視線を移せば、彼はこちらを見上げるようにしてしゃがみ込んでいた。

「てめっ、呑気にメシ食ってんじゃねーよ!」
「食いますか?」
「いらねーっつの!!」
「うめーのに」

真顔で宣う黒田くんに、靖友は勢いを奪われたようだった。おかげで調子を狂わされた。それはわたしだって同じだ。下らない言い合いをしてしまったなと思い、嘘をついてしまったことを謝罪。面倒臭そうに「おう」とだけ返した靖友は、よかった、もう怒ってはいないらしい。
それよりも気になるのは、今朝に比べて表情が減った後輩の機嫌だ。

「黒田くん、何か怒ってる?」
「こんな奴で悪かったですね」
「あ、やっぱり。じゃなくて、えっと、ごめんなさい」
「荒北さん、オレこの人に興味ないんで大丈夫っすよ。オレ美人系が好きなんで」
「あ!?それこいつがブスっていいたいわけェ!?」
「めんどくせーなアンタ!!」



20140407
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -