箱根学園の始業式は4月の二週目からである。殆どの生徒たちは春休みを迎えるが、運動部ともなると、平日休日容赦なしに練習メニューが組まれているらしい。王者と呼ばれる箱学自転車競技部とて例外ではない。むしろ、彼らの練習量は他のどの部活をも凌ぐほどだと思っている。王者箱学。多くの部員数を誇るだけではなく、その練習風景を見に来るOBやファンクラブの女子の数も比ではない。

「てめっ、生クリーム付いたじゃねェか!ふざけんな!!どーしてくれンのォ!?」
「ハッハッハ!嬉しそうだな荒北!」
「嬉しくねーよ!!」

加えて今日は荒北の誕生日だということもあり、顔見知りの女子や後輩と思しき女子生徒がちらほらと集まっている。あれだけ怖がられていた荒北が、いたるところから好意を寄せられるようになったのはいつからだろう。「喋ってみると案外普通だよ」そう思われるようになったことは大きな進歩だろうけど、何故だろう、わたしの心はほんの少しだけ薄暗い。小学校のとき、親友だった女の子が他の子と仲良くしだしたときの、あの感覚に近い何かが腹の底に居座っている。嫉妬だろうか。だとしたら、それはそれで見っともないな。
あたりを観察しているうちに、気付けば目的の人物は視界からいなくなってしまっていた。どこに行ってしまったのかと福富に聞けば、「水飲み場だ」という答えが返ってきた。生クリーム塗れになってしまった顔を洗いに行ったのだと言う。東堂くんの赤くなった額に、痛そうだという感想を抱きながら、わたしはその場を後にした。

「誕生日おめでとう」

背中に向かって声をかければ、タオルで水滴を拭っていた荒北が振り返った。

「えっと、いつもお世話になってるし、なかなか言う機会もないから一応用意してみたんだけど。
わたしもこんなの柄じゃないし、…ああは言ったけど、荒北もわたしから貰ったところで大して嬉しくないだろうから。いらなかったら捨ててもらって大丈夫」

言いながら、押し付けるようにして紙袋を渡した。目は見れなかった。気まずい、その気まずさがどこからやってくるのかはわからなかったけれど、確かにそう感じて、わたしは心理的にも一歩後ずさる。

「やっぱりちゃんとしたもののほうがよかった?」
「…いや、嬉しいケド」

荒北は口元に手をやった。
その頬が赤らんでいるのを見て正直ギョッとした。しかし、荒北はさらにわたしを動揺させる言葉を言い放った。

「顔赤ェの、伝染るからやめろ」

言われてみて、頬に手をやる。冷えた指先が熱を溶かしていくのを知ったかと思えば、一気に深部体温が上がるのを感じた。「ごめん、」咄嗟に口から飛び出した謝罪の言葉。返ってきた生返事を遠くに聞きながら、わたしは、なるべく平然を装って元来た道を引き返した。



20140403
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テーマ「人外ファンタジー」
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