「今日は坂道くんと山に登ったんだ」

箱根の山にはまだ雪が積もっていたそうだ。曲がりくねった坂を登りきるまえに、坂道くんは凍った路面にタイヤを取られて転んでしまったらしい。彼を起こそうとした真波くんも滑って転び、それで膝と肘を擦りむいてしまったのだと、真波くんはバツが悪そうに話してれた。
意気揚々と話してくれた。いつもと変わらないはずなのに、何かが違うと感じたのは、何故だろう。

「真波くん、今日はいつもより楽しそうだね」
「…そうかい?」

真波くんがどこか悲しそうに笑った。嫌だな。そう思って手を伸ばす、伸ばして、その手に触れる、僅かな力さえも残ってないんだと実感する。生にしがみつく。その姿は惨めで意味のないこと、だろうか。

「ねえ、死神さん」
「なんだい?」
「少しだけ、寝てもいいかな」
「オレの話つまんない?」
「ううん、そんなことはないの。本当はもっと聞いていたいんだけれど、すごくね、」

眠たいの。瞼が、落ちてくる。
危険を知らせるけたたましいアラーム音が遠くに聞こえて、珍しく取り乱した様子の真波くんがナースコールを押したのを視界の端に捉えて。お医者さんと看護師さん、それからお母さんが慌てた様子で集まってきた。何か言わないといけないのに。大丈夫、その一言を伝えなきゃいけないのに、声が出ない。
最初からわかっていた。理解していたはずなのに、どうして。この心臓が動くことをやめてしまうのは、もう時間の問題なのだと、そう思うと涙がこみ上げてきそうになる。

「いかないで、なまえ」

泣きたかった。声を荒げて、思い切り涙したかった。けれど泣けなかった。そんなわたしの代わりに、だからあなたは泣いてくれたのかな。

僅かに届く、光、匂い、声。
決して静かではない、しかし煩くもない空間の中。わたしは呼吸を、心臓を、思考を、命を。

「なまえ」

目の前も見えない真っ暗な視界の中で聴いたのは死神をやめた愛しい人の声だった。
















泣かないでね、綺麗に消えるから。

思い出さないで、忘れてね。夢から覚めたらきっと寂しくて死んじゃうから、だから、これで終わり。思い出さないで、悲しまないで、どうかわたしを忘れてね。夢から覚めた朝には、わたしひとりの世界で完結していますように。

「死神っていうのはさ、死んでも死にきれなかったタマシイのことなんだよ」
「だから信じて。オレたち、きっとまた会えるから」

目が覚めたら、あなたの世界にわたしは。
――わたしの世界にあなたは。



20140407 fin.
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