千鳥足でよたつく新開を福ちゃんが支える。大学に入り、ゼミだサークルだで酒を飲むことを覚えたやつらなんてみんなこんなもんだ。オレだって例外じゃねえ、けど、周りにこういう奴がいると飲むペースも落ちる。家帰ったら飲み直すかァ。
新開から「飲もう」というメールが来たのは今朝のことだ。唐突だったが、オレと福ちゃんはたまたま時間が空いていた。そこに金城も加わって、ついさっきまでダラダラとグラスを空けていたというわけだ。

「あ、なまえさん」

その帰り道、ほろ酔い気味の新開が知った名前を呼んだ。暗闇の中よく見つけられたなと思う。よくよく目を凝らしてみれば、地べたに胡坐をかくヤンキーを前に仁王立ちしている女の姿があった。何を話していたか、この距離からは聞き取れなかったが、何が起こったかくらいは捉えることができた。どーせ奴らの気に障ることでも口にしたんだろ。あの女の吐くきもちわりぃくらいの正論は、昔のオレ然り、つまりはそういう奴らを苛立たせるには十分な効果を持ってる。
女は、物騒な棒切れを手に殴りかかってきたヤンキーたちを一捻りした。いかにも動きにくそうなスーツ姿というのが癪に障る。なんであんなに喧嘩慣れしてんだよ。あいつ自体はすっげ華奢なのに、何でか勝てねえんだよなァ。昔の記憶に思い耽っていると、地面に寝かされたヤンキーたちが散り散りになって逃げて行った。「覚えとけよクソババア!」「頭丸めて出直せクソガキ」最後に交わされた応酬には既視感しかない。懐かしい。そう思えるくらいにオレは変わったが、あの女はあの頃から少しも変わっちゃいねェ。

「なまえさーん」
「あ?」

不機嫌そうに振り向いた目が、オレたちの姿を捉えた瞬間へにゃりとなる。千鳥足どころの騒ぎじゃない足取りを見る限り、完全に酔い潰しているらしい。

「みんな久しぶりー?」
「大丈夫ですか?今絡まれていたように見えましたが」
「あー?違う違う、私が絡んでた。酒とタバコはハタチになってからにしないとなー」
「…ヒトのこと言えねえだろ」
「何か文句あんのか不良少年」
「ね、ねえよバァカ!!」

もう不良じゃねっつの。
何が楽しいのか、笑ながらバシバシと背中を叩いてくる女を殴りたい衝動に駆られる。バァカか。もし手やら足やらを出したりしてみろ。さっきのヤンキーみてえにひっくり返されるのがオチだ。

「荒北はなまえさんを頼む。東堂に電話すれば迎えに来てくれるだろう」
「はァ!?やだヨ!」

いつだって福ちゃんのオーダーはキツイ。今回のはマジでどぎつい。この女を東堂のところまで送り届けるくらいなら、いっそ一日中ローラー台の上でペダル回してるほうが大分マシだ。けど、一度口にしたことを福ちゃんが曲げるはずもなく。なまえさん、なまえさん、と無駄絡みする新開の首根っこを掴んで「失礼します」女に対して律儀に頭を下げた。

「なまえさん、キスしよう」
「また今度なー」
「今度じゃねェよボケナス。東堂が泣くぞ」
「新開、自分で歩け」
「なあ寿一、オレなまえさんがいい」
「諦めろ」

ずるずるという効果音さながら引きずられていく新開のバカは、もちっと甲斐性つーもんを兼ねたほうがいい。いつか女に刺されてもしんねーぞオレは。そんな新開に手を振るこの女も、人のもんだっつーことをも少し自覚しろと思う。正義感なのか同情心なのかしんねーけど、ああやって所構わずケンカ売ってたらよ、いつか仕返しされたっておかしくないんじゃナァイ。それと、何だ。あんま他の男におぶれとか、胸押し付けるとか、やめたほうがいいと思うぜ。相手がオレだったからまだしも、一応東堂っつー男がいるんだからァ。
頭の中だけで悶々としていると、悠々と背中に乗っかった女がオレの頭に手を置いた。容赦無くぐしゃぐしゃにされれば思考も吹き飛ぶ。やっぱこいつ、ムカつく。

「でっかくなったなー、不良少年」
「るっせ酔っ払い」
「髪、短い方が似合う」
「そーかよ」
「前は見えるよーになったかー」
「まーネ」
「そーかそーか。おねーちゃんは嬉しいよ」

わしゃわしゃと。姉貴気取りの女はへらへらと笑う。いつもの気の張った態度は酒の力で取っ払われ、鼓膜を揺らす声もどこか柔らかくて、――なんつーか上手く言えねえけど、ヤベェと思った。

「そこでおまえの女拾ったんだけどォ、クッソめんどくせェからさっさと迎えに来い」

上手いこと片手で携帯を操作し、大学の飲み会に参加しているらしい東堂を呼ぶ。女の甲高い声が耳を突いたが、東堂自身はこれっぽっちも酔っていない様子だった。
相も変わらず代名詞のカチューシャを着けた東堂は、指定の場所までタクシーに乗ってやってきた。

「なまえちゃん!!大丈夫か!?荒北に何もされていないか!?」
「してねえよ」
「…本当だな?」
「心配しないの尽八。元不良少年の好みはあんたの姉貴みたいな子らしーからさあ」
「何!?それはそれで聞き捨てならんぞ!どういうことだ!」
「ひとっことも言ってねえっつの!!」

どっから出て来たと問いたくなるような発言をして、女はまたけらけらと笑う。クッソ、早いとこ、早いとここの場所から立ち去りたい。さっさと家に帰って、買いだめしてある酒を飲んで、頭ん中に浮かぶ嫌な感情を腹の底に流し込んで。

「そーだ、荒北くん」

名前を呼ばれて肩が跳ねた。恐怖、じゃなく、純粋な(あるいは不純な)驚きが全身を駆け巡った。

「ンだよ、」
「ありがとう」

それは東堂との仲を取り持ってやったことか、それとも、ここまで送り届けてやったことに対してか。いずれにしても礼を言われるのは不本意だと思いながら、舌打ちをした。

「オレからも礼を言う。近々飲もうではないか、荒北」

何知らねえ顔の東堂は、女の身体を支えながら止めていたタクシーに乗り込んだ。華奢に見える肩には男物のグレーのコートがかけられている。まるでそいつの所有物だと見せつけるみてえに。まあ、本人にはそんなつもりは毛頭ないんだろうけど。「…アー、ヤベェな」手のひらの内側、小さな呟きはタクシーのエンジン音に掻き消される。腹のあたりでモヤモヤとする感覚が明日には無くなっていることを祈る、それくらいしか今のオレにはできやしない。



20140302
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