※東堂姉side





みょうじなまえは面倒見のいいやつではあるが、故に何かと損をするタイプであると思う。そして彼女は多くを語ろうとしない。理由は単純に「めんどうくさいから」――おかげで何かと誤解を招きやすく、結果的に悪役になってしまうことも多々ある。これは今現在も変わらない事実であると、私はそう考えるわけだ。

なまえと私の出会いは幼稚園の頃。今でこそ親友と呼べる間柄ではあるが、初めの印象は正直言って最悪だった。出会い頭に無視を決め込まれたかと思えば、嫌そうな顔を向けたり、煩いとドスの利いた声を投げてきたり。つまり私は彼女のことがあまり好きではなかった。そこそこの美人ではあるが愛想というものが見事に欠落している。笑わない、話さない、口より先にまず手が出るようなやつ。私とは一生かかっても相容れないと認識し、幼いながらに関わらないようにしていた。
そんな認識がガラリと変化したのは、もみじクラスのタカシくんに私が泣かされてしまったときだ。私の髪を引っ張っていたタカシくんはなまえに殴られ、男の子なのにわんわんと泣いていたのを覚えている。

「なまえちゃん。どうしてタカシくんのこと叩いたりしたの?」
「ムカついたから」

当事者はやはり多くを語らなかった。私を助けるためだと言えば親御さんに怒られることもなかっただろうに。名乗り出ようとした私は「おともだちを庇おうとしたいい子」扱いされるだけに終わり、結局なまえは(彼女自身は気にもとめていない様子だったが、)悪者となってしまったわけだ。

「なまえちゃん。これから同じクラスだな」
「……、」
「同じようちえんだったんだが、おぼえていないのか?」
「しらない」
「なに!?このわたしのかおをしらないなんて、そんなことあるのか!?」

なまえは他人にあまり興味を抱かないやつだった。いや、これは私の中の認識ではあるが、そうでなければこの美人を覚えていないはずがないだろう。小学校の入学式にて交わした会話はあまりに衝撃的で、今もなお鮮明に記憶に残っていたりする。
入学早々、私はやはり人気者で引く手数多だった。しかしそれをよく思わない者も僅かながら存在するわけで、時折言いがかりをつけられては手を挙げられそうになることも少なくはない。通っていた小学校では随分と身体の大きい女子が一年生の女子を仕切っていていたのだが、とある時期、運悪く目を付けられたことがある。確か想いを寄せている男子が私のことを好きだと言った云々、そんな話だったと思う。逃げることもできずにいた私を助けてくれたのはなまえだった。手にトイレ掃除用のモップを握ったなまえはリーダー格の女子の顔面に躊躇いなくモップを押し付けた。後に聞いた話だが、喧嘩沙汰を起こした罰でトイレ掃除を課せられていたらしい。追い打ちをかけるように足を引っ掛けられ転んだ女子は無論大泣きした。きっとあの事件は今もあの女子のトラウマになっているに違いない。

「やりかえしなよ。やられっぱなしで、くやしくないの?」
「ケンカなどするつもりはないよ。女子たるもの、やばんなことはしてはならないからな」
「やばんでわるかったな」
「あ…きをわるくしたか?すまない、わたしは思ったことをそのまま口にしてしまうくせがあるんだ」

まともな会話を交わしたのは、おそらくその時が初めてだったと思う。そして、彼女の笑った顔を見たのもその時が初めてだった。

「いいんじゃないの」
「え、」
「すなおなやつ。きらいじゃない」

後々、泣かされた女子のその取り巻きをしていた子たちがなまえと私に頭を下げてきた。彼女たちはあの女子に逆らえず、したくもしないことをやらされていたと後から知った。先生にこっぴどく叱られたなまえだったが、女子からの礼に対しては「いーえ」と一言。「なまえちゃんってこわいと思ってたけど、やさしいんだね」という声に対してはやはり無視を決め込んで、教室を出て行った。

そんなことがあってから、私は何かとなまえに懐くようになった。気を使わないで済む彼女のそばは居心地がよかったからだ。
口より先に手が出るところは相変わらずだが、実は不器用なだけで根は優しい。以外と努力家で、頭がキレる。近づけば近づくほど見えてくる新たな一面は中々に面白かった。初めこそ鬱陶しそうに顔を歪めていたなまえも、いつからか私が隣にいることを許すようになった。諦めたと口では言うが、なまえだってこの場所を居心地の良いものに感じていることは語らずともわかる。言葉にはしない分、なまえは表情に出やすいのだ。

「なまえがいれば安心だな。例え私が身代金目当ての犯罪者に連れ去られようと、おまえがいれば敵のアジトは壊滅だ」
「いや何の話だよ」
「おまえは結局困ってるやつを放ってはおけないという話だ。私は彼氏にするならなまえみたいなやつがいい」
「私は彼氏にするならとにかく話が通じる奴がいい」
「私のようにな!」
「どこがだよ。絶対やだよ、あんたみたいなやつ」

そんなことを言いながら、なまえが私を助けてくれなかったことは一度だってない。ドライに見えて情が深い。面倒臭いことが嫌いなくせに、表に見せない内側ではあらゆる思考を巡らせている。大袈裟に聞こえるかもしれないが、完全無欠の私であっても、この幼馴染兼親友にだけは頭が上がらない。私にそれを思わせる相手ははきっと生涯を通してなまえだけだと、常々思うわけだ。

「私はなまえと出会えたことを誇りに思うよ。それで、――どうだ尽八。私たちの友情が生半可なものではないとこれで分かっただろう」
「ちょっと待て!最後の会話は何なんだ?いくら姉貴でもなまえちゃんは渡さんよ!それと帰ったらアルバムを見せてくれ」
「渡すも何もおまえのだろう。ちなみに当時のなまえは美人で有名だったぞ?ファンの数の内訳はこれくらいだった」

紙ナプキンを一枚とり、そこに円グラフを書いて説明してやると、尽八は興味津々にそれを覗き込んだ。さすが私の弟だ。顔も性格もそうだが、なまえを好きなところまで似てくれて私は嬉しいよ。「オイ東堂」なまえの話で盛り上がっていたら、地を這うような声が耳に届いた。どちらからともなく振り向けば、そこには心底不機嫌そうな顔をした親友。ソーダ水に突き刺したストローを噛み潰しながら冷めた目をこちらに向けている。

「姉の方だよ。何であんたいるの」
「私もなまえと遊びたい!」
「今度遊んでやる。帰れ」
「今度っていつだ!なまえは男ができると私に構ってくれなくなるではないか!」
「だからって人様のデートに首突っ込むやつがあるか!」

珍しく声を荒げたなまえは、途端に顔を赤くした。驚いた。こんななまえは見たことがない。さながら昨日テレビで見た農園特集のトマトにそっくりだ。

「なまえちゃん…!そんなにオレとのデートを楽しみにしていてくれたのか!?」
「ちがっ…いや違くは、」
「そうか、そうとも知らずに私はとんだお邪魔虫を…なまえ!すまなかった!」
「いや姉貴に来てもいいと言ったのはオレだ!すまないなまえちゃん!」

二人して頭を下げれば、なまえは大きな溜息を吐いて私たちに席につくよう促した。

「ほんっと、仲良いよね」
「やきもちだな」

にいっと笑った尽八が尋ねる。人を殺せそうな視線が返ってきても怯まないあたり、もしかしたら弟は私よりもワンランク上の強者なのかもしれない。

「そういう顔をしている」
「してない」
「安心してくれ。生涯オレの愛する恋人はなまえちゃんだけだからな」
「……どーも、」

親友と弟が恋人同士だと言えば大抵の知り合いは驚く。中には「よく耐えられるね」と口にした奴もいたが、わたしはそうは思わない。目の前の微笑ましいやりとりに思わず頬を綻ばせてしまうくらいには、二人の幸せを望ましいものとして捉えている。気が早い話だとなまえは笑うだろう。けれど、いずれおまえが私たちの家族になるのだと思うと、私は嬉しくて嬉しくていても立ってもいられないんだよ。
なまえと尽八が初めて顔を合わせたときを思い出すと、何十年と年を経たわけでもないのに何故だか感慨深い。愛すべき二人の幸せを願いつつ、私はこの辺りで退散するとしようか。



20140216
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