二言目には可愛いだの美しいだの、好きだの愛してるだの、彼は恥ずかしい言葉たちを恥ずかしげもなく唱う。思ったことを言って何がいけないのかと言うその口は、おそらく脳みそへと直結しているに違いない。かと言って、投げられる言葉の全てを素直に大切に受け取っていたら、きっと私の心臓は疲れ切ってしまうことだろう。愛の囁きは右から左へ流し、10のうち1を受け取るのが正しい選択だ。

「なまえちゃんは変わらないな!ずっと美しいままだ」

小中高の卒業アルバムに注がれていた視線がこちらを向いた。何をどう見てその答えにたどり着いたのか。と、思考を巡らせるまでもなく私の口は粗雑に返答する。

「はいはい」
「む、本気にしていないな?お世辞などではないぞ。なまえちゃんが美人でモテていたという事実は姉貴によって証明済みだ」
「そりゃよかったなー」
「なまえちゃん!」
「んー」

尽八がむっすと膨れる。さながらしつけ途中の犬の相手をしているようだと、何とも失礼なことを思ったりした。まあ待ちなさいよ。これを読み終えたら構ってやらないこともないから。
因みに「美人でモテていた」というのは東堂姉のほうであって私ではない。中には一人や二人純粋なやつもいただろうが、実際のところは私の親友とお近づきになりたかったやつらが大半だった。高嶺の花とはまさに彼女のことを形容するに相応しい言葉だと思う。好きで近寄ってくるやつらといえば、そういった好意を持たない舎弟くんだとか、親友の扱いに手慣れた私にえも言われぬ憧れを抱いたやつだとか、そんなところだ。しかしこうして考えてみると、成る程私の人生は親友の存在で成り立っていると言っても過言ではない気がしてくる。とても心外ではあるが。例えば彼女という存在を人生から引き抜いたとしたら、ここには何も残りはしないだろう。私は教室の窓際で静かに読書をしているほうが似合うタイプの人間だ。

「何してんの」
「見ての通り、膝枕だ!」

けれど、まあ。彼女と出会っていなければ、こんな日常はなかったことになる。きっとこういうのを幸せと呼ぶのかもしれない。好きな人が近くにいて、自分を好いてくれる。安いけど大層な幸せだ。そう簡単に手に入るものじゃあない。

「構ってほしいのか」
「構ってほしいな」
「そ」
「え、おしまいか!?構ってくれないのか!?」
「雑誌読んでるからなー」
「何故だ!せっかく二人きりなのだから、もっと恋人らしいことをしよう!」

恋人らしいことねえ。キスで顔真っ赤にしてる甘ちゃんが口にした言葉だと思うと少し笑えてくる。タイミングが良いのか悪いのか、丁度開いたページには「付き合ってどれくらいでエッチした?」だの「一週間にどれくらい?」だの、脳内ピンク色の文字たちが踊っていた。付き合い始めて6か月。まだそういうことに及んでいない私たちは、曰く「遅い」らしい。私は特に気にしないタチだけど、尽八はどうなんだろうと思う。したいと思うのが普通だと元彼は言っていたように思うが、――と。ぼんやりとした思考はそこで打ち切られた。

「尽八、既視感のある面白い記事見つけた」

弟が彼女とシている場面に遭遇してしまいました。
どうしたらいいですか、という焦り気味の質問を見て幾分かにやけてしまう。そういえばあの時は尽八のことを弟分としか見ていなかったから、まさしく質問者と同じ心情だった。だが今は違う感情が心の内を占めている。興味と好奇心、そして少しの加虐心。今のほうが明らかにタチが悪いと自覚しながらも、記事を見つめながら青い顔をしている尽八に尋ねる。

「あのあとどうなったの?」
「そ、れは、だな…」
「んー?もしかして?」
「してない!!」

響いた声と真剣な表情に、緩みきっていた頬の筋肉がピシリと固まるのがわかった。予想外の反応に返す言葉を失った私に対して、尽八はキツく拳を握ったまま続ける。

「確かにあの時は、なまえちゃんに恋人ができたと知って、ムシャクシャして…男として最低なことを考えたりもしたが…っ、」
「あー、と、尽八?」
「あの後あの子にはきちんと謝罪もした!本当にしてないんだ、信じてくれなまえちゃん!オレが好きなのは今も昔もこの先もなまえちゃんだけだ!なまえちゃん以外の女子とはそういうことをしたいとは思わない!!」

シンと静まり返った室内。自分の言った台詞を理解した尽八が顔を赤くしたのは、きっかり数十秒が経ってからのことだった。

「そ、その、今すぐにというわけではなくて…」

キュンとするとか心臓が鷲掴みにされるとか、そんな馬鹿なことがあり得るかと思っていたが、今の私はまさにその状況にある。可愛いだなんて言えば尽八は怒るだろうけど、何というか、やっぱり可愛いのだ。私がこうしてジリジリと距離を詰めていくと、驚いたふうに後ずさる。目を逸らしたのは開いた胸元が原因だろう。口元がどうしようもなくにやける。年下、クセになりそうだ。

「尽八ってさ、」
「な、なんだ?」
「ウブっていうか、可愛いよね」
「…馬鹿にしているだろう」

可愛いという褒め言葉が気に障ったらしい尽八は、どこか躊躇いがちなキスをしてきた。触れるだけの簡単なそれ。いつだったか、私をベットに押し倒したときの根性はどこへ置いてきたのかと問いたくなる。

「その先は?」
「え」
「キスの先」

言えど、あれは酒の力もあったよなあ。そう思いながら、さらなる追い打ちをかけてみる。いつも余裕そうな顔が真っ赤に染まっている。いつも心を乱されているのは年上であるはずの私だ。これくらいの仕返しは許されて当然じゃなかろうか、なんて。

「なまえちゃん、頼むからオレをからかってあそぶのはやめてくれ」
「構ってほしかったんでしょ」
「違う!いや、違くはない、が、」
「なまえおねーちゃんが手取り足取り教えてあげよっか」
「教えなくていい!!」




20140228
title by 喘息さま
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