例えば一見完璧そうに見えるあの姉弟がそうであるように、人間であれば欠点の一つや二つは必ず持ち得ている。恋愛は妥協だ。悪いところばかりに目を向けるな、良いところを見つけるべし。だからたとえ彼氏の顔が正直好みのタイプでなかったとしても、私は彼の優しさが好きだ。脱いだら実はメタボだったとか、実は私生活がかなりだらしないとか、猫撫で声で甘えてくるとか、そういう欠点にはあえて目を瞑る。事に及ぶ時に目に付くとか、正直ウザいとか面倒だとか、そういうのは全て私のエゴだ。きっと彼だって私に何かしらの不満を抱いているに違いない。人間なのだから、欠点の一つや二つはあって当然のものだ。

「うっ、ぷ、」
「なまえさん、そろそろやめた方がいいんじゃ」
「黙って追加」
「もうオレ知りませんからね?」

だから別にストレスなんて感じてなどいない。不満なんてものは抱いていない。付き合いたいと言ったのは私だし、彼はそれを嬉しいと言ってくれた。私は幸せ者なのだ。
そもそも幸せとは何だと哲学的なことを考えていたここ最近のことだが、高校時代にそこそこ交流のあった友人が結婚式を挙げた。できちゃった婚とは何事だと思ったが、友人の幸せそうな顔を見たらそんな偏見や心配は蟠りもなく吹き飛んだ。きっと幸福が実体を持つとすれば、あるいは結婚も一つの形なのかもしれない。20歳そこらで結婚を考える私もどうかしてると思うが、そういうのも悪くはないと思っている。

「あの男とうまく行ってないんでしょ。続きませんよ、別れりゃいいじゃねえっすか」
「あのねえ、この年になるとアレよ、結婚とかさあ、そういうのアレなんだよ」
「どれっすか」
「アレだろ、ほら、妥協」
「人生棒に降るつもりですか。どの時代もバツイチってだけで不利なんですからね」
「……ぐー」
「ダメだこの人」

酒は飲んでも飲まれるなとは言うが、無理な話だとも思う。ストレス社会の荒波に揉まれるサラリーマン各位へ、今日もお疲れさん。今なら酔っ払いどもの気持ちが分からなくもないと思いながら意識の中に沈む。

「――起きたかなまえちゃん」

開眼。眠りの中に入ってからどれほど時間が経ったか、腕時計を見てもわからなかった。
それにしても、どうして彼がここにいる。冷静な頭で考えれば後輩が呼んだということで合点がいったのだろうが、生憎、酒漬けとなった脳みそはあまりにも役立たずだった。

「思ったよりも泥酔していたのでな。電車だと人目があるだろう」

肩には尽八のものと思われる上着がかかっていた。私の持っていたバッグは尽八の横にある。自宅へ向かっているであろうタクシーの中。「辛いだろう?寄りかかっていていいぞ」余計なことは語らず、薄く笑う姿を見て思うのは、――ああもう、やっぱりこいつは。
唸った私は顔を両手で覆う。

「なまえちゃん?具合でも悪くなったのか?待ってくれ今水を、」
「なんだ、それ。じんぱちのくせに…いちいちかっこいいことすんなよばかやろー」
「は、…は?」
「惚れたらどーすんだくそー」

ずるい。ズルイったらないのだ。だから尽八、あんたはモテるんだ。女はそういうさりげない優しさに弱いこと、知ってるのか。私を落とそうとしてどうする。いや、あんたにその気がなくたって、私には彼氏がいるってのに、飾り気のない平凡な人生を歩むと決めたのに、私は。
ぼんやりとする頭は危険信号をチカチカとさせていたが、私の腕は帰ろうとする背中を引き止めていた。

「飲み直すから付き合え?」
「なまえちゃん、すまないがオレはまだ飲酒ができるような年ではないし、今日は大人しく帰らせてもらおうと思っているんだが、」
「…なーにカタイこと言ってんの」
「ちょっ、ま、待ってくれ!」

かろうじて冷静を保っていたらしい顔が焦る。その隙をついて彼氏以外の男を部屋に招き入れた私を、ずるい人間だと呼びたければ勝手に呼べばいい。

「よっわー」
「当たり前だろう…まだ未成年、なのだから」
「顔赤くしちゃってまー、よしよし可愛い可愛い」
「…なまえちゃん、酔いすぎだ」

未成年者に酒を湯水のように与えるなんて犯罪もいいところだ。私の頼みを断れない尽八は、缶を三つ空けた頃には顔を真っ赤にしていた。とろんと落ちた瞳に心臓のあたりがぎゅうぎゅうと締め付けられるのを感じた。頭の中では天使と悪魔さながら、二つの感情のやり取りが繰り広げられている。一方は駄目だと言うが、もう一方はこの心臓の痛みを肯定する。理性と欲望の狭間。思考がうまく機能しないのは本当に酒のせいだろうか。
手を伸ばし頬に触れる。正気になれと思いながらも、名前を呼ぶ。
馬鹿なことをした。いつもなら過るであろうその考えが一切浮かんでこなかったのは、どうして。ベッドに押し倒されている現状、その相手が可愛い弟分だということ、これから起こること、それらを総じて悪いことだと思わなかった私は、どうにかしてる。

「じんぱち、」
「すまんなまえちゃん…オレ今、スッゲー悪いことしたい気分だ」

彼の言うところの悪いことが何なのか。わからないまま黒髪が微かに揺れて、首筋に唇の感触がした。僅かな痛みが走れば、そりゃ声が出たって仕方ないだろうと思った。「なまえちゃん、」肌を伝って届く声はまだボンヤリと覚束ない脳みそを、このどうしようもない右脳を、確実に。だめだ。これ以上は。何かを告げようとした口は、しかしあっけなく塞がれる。口内を堪能したのちに糸を引いた唾液、そしてそのあとは、――私は深く、本当に深く溜息を吐いた。

襲いくる睡魔に負け、夢の中に落ちていった一人。覆い被さられた体制のまま私が思うことは一つ、二つ、三つ。ひとまず水で頭を冷やし、冷静になって考えねばならないことがある。私は今しがた自分がどういう意味をもって溜息をついたのか、その真意が疑問で不可解でたまらなかった。



20140208
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