先に断っておくが、親友は農業科や食品科に進んだわけではない。では何故、経営学部に進んだ彼女が私にこんなものを託したのか。

「さすが私だとは思わないか!?まさかこんなに上手くできてしまうとはな!まったく自分の才能が恐ろしいよ!さあなまえ!丹精込めて作ったこれを今すぐ尽八の元へ届けてくれ!頼んだぞ!」

つい先程のことだ。口を挟む隙も与えずベラベラと喋った東堂が手渡したのは袋詰めされた野菜、野菜、野菜。去って行った背中に投げつけたかった言葉は沢山ある。何だこれは、何だこの量は、一体弟に何人分のカレーライスを作らせるつもりだ、そもそも彼女は一体何になろうとしているのか、はたして将来的に農家にでも嫁ぐつもりなのだろうか、そして何故これを私に渡した、私だってこれから授業があるというのに、――なお、それら全ては喉まで出かかって溜息となって吐き出されてしまったが。
こればかりはいくら付き合いの長い私であっても理解不能だった。しかし私は今箱根学園の近くにいるようだ。頼まれてしまっては仕方が無いと、勢いのまま大学を飛び出した数十分前の自分を呪いたい。

初めて見る地形に舌打ちをする。携帯のマップを見ながら進むが、箱根学園らしき建物はまだ見えてきやしない。そうしてキョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていたら、角から飛び出してきたバイクと接触しそうになった。

「あっぶねえじゃねえか!!気を付けろよボケナス!!」

バイクに乗っていたリーゼント野郎の発言に苛立ちを覚える。よそ見をしていた私も悪いが、曲がり角を確認しないやつも悪い。

「口の利き方がなってないなクソガキ」
「あ?今なんつったクソババア」
「誰がババアだ?クソガキつったんだよ。学校いかないんなら家帰って寝んねしてろ」
「ンだとコラ!オレァ今虫の居所がわりいんだよ!」

バイクを降りた不良少年はツカツカとこちらに近づいてきては胸ぐらを掴もうとする。私はいっそ殴りかかるかのような勢いの腕を掴み、その足元をひょいとすくってやった。というか、蹴った。不良少年はバランスを崩しコンクリートに倒れ込む。掴んだ右腕を捻り上げようとしたら、「いっ、!」痛みの訴え。私はすぐに手を離した。

「あんた腕怪我してんのか。ごめん」
「やってから謝んなクソ!」

不良少年は右腕を押さえながら悔しそうな顔で舌打ちをした。
その姿に一つ思うところのあった私はその場にしゃがみ込み、目線を合わせる。威嚇中の猫と目線を合わせるのは逆効果らしいと何かで見たことがある。そんな考えが頭をよぎったのは、私を睨みつける彼の姿がそれに疑似していたためだと思う。

「その制服は箱学か。おねーさん箱学に用事があるんだけど、ちょっと案内して」
「ハッ、やだね。何でオレが」
「案内しろってんだよ」
「っ、」

不良少年はやはり悪態を吐くとともに舌打ちをしたが、渋々と了承してくれた。

「オラヨ!ここでいーだろ!中まで来いなんつったらブッコロスぞ」

私が言えたことでもないが口が悪いやつだ。一方的ではあるものの、これだけ喋って敬語を学ばなかった相手は初めてだった。何故だかその姿に昔の自分を思い出して、私はポマードで固められた髪に手を伸ばした。

「てめっ、おい!ふざけんな!何してくれてんだよ!」
「リーゼントは今時ナイだろ」
「余計な世話だっつの!!」
「髪切れ」
「はあ!?」
「見えるもんも変わるから。顔伏せてたら勿体無いだろ。若いんだ、何やるにせよ今からでもまだ間に合う」
「…けっ、るっせクソバ、」
「あ?もっぺん言ってみろ今度こそへし折るぞ」

顔を青くした不良少年は捨て台詞を残して去って行った。クソババアつったなクソガキ。今度会ったらとっちめてやる。
そのとき、グラウンドのほうから頭に響く煩い声が聞こえてきた。

「なまえちゃん!なまえちゃんではないか!何故ここに…ハッ、もしやオレに会いたくて」
「違う」
「ご家族の方か?東堂」

曰く、金髪が福富くんで唇が特徴的なのが新開くんというらしい。耳に覚えがある名字なのは、おそらく何度も尽八の話に登場している人物だからだろう。

「紹介しよう!彼女はオレの運命の相手だ!いずれ家族になるから今の言葉は強ち間違いではないな!」
「この馬鹿の姉の友人です」
「では、なまえさんというのは」
「そーそー私」
「主将の福富です。いつも東堂がご迷惑をおかけしてすみません」
「いやこちらこそ。この通りの馬鹿なので大変かと」
「話には聞いていたけど、実物も綺麗で驚いたな。尽八が惚れるのもわかるよ」
「手を出すなよ隼人!」

友人たちと戯れる尽八は少しばかり新鮮だ。私にもこんな時代が果たしてあっただろうか。思い耽れば耽るほどに時の流れを身に染みて感じる。先程の不良少年もそうだったが、形は何であれ高校生というものは眩しく思えてならない。全力で青春を駆け抜け謳歌せんとする姿は、何とも表現し難いほどに美しくある。触れば崩れてしまうかのような繊細さ、穢れのない無垢。
私は思わず目を細めた。それを覗き込む表情の輝きは日に日に増し、この目で直視するのをじりじりと躊躇わせる。何故かは分からなかった。ただ、直感が示すのはそれがあまり良くはない症状であるということだ。それだけは確かだった。



20140208
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