登れる上にトークも切れる、更にその美形、天は彼に三物を与えた、――らしい。箱根の山神天才クライマーといえば東堂尽八。山神なのかスリーピングビューティなのか忍者なのか、そこに関してはよく知らないが、兎にも角にも誰がなんといおうと彼は有名だという。あまりに煩く縋り付かれたので、一度自転車競技なるものを見に行ったことがある。親友に引きずられるようにして赴いたヒルクライムレースは、なかなかに感動的なものだったと記憶している。凄かったといえばファンの数も尋常ではなかった。その一つ一つの好意に応えてやるのだから大したものだと思う。
自転車競技に限らずスポーツ全般に疎い私に、尽八は分かりやすい説明を加えながら自転車の魅力について語る。この姉弟の話は条件反射のごとく右から左へ流れていくため、内容については悲しいくらいに覚えていないが、しかしそれを語る表情がいつになく楽しげだったことは覚えている。よくできた脳みそじゃないか。ただ、そうだな。あのキラキラとした顔は眩しくて、それでいて綺麗であったから――。
ただ一度、何故私なのかと問うたことがあった。綺麗な感情をここまで蔑ろにされてまで、なおも健気に想い続けるのは何故だろうと。感じたままに問い掛けたら、尽八は何とも嬉しそうな顔でこう応えたのである。

「無論!オレはあの日から、ずっとなまえちゃんが大好きだからな!」

あの日というのは、尽八が言うところの出会いの日を指すのだろう。私がその長い前髪を掻きあげ、白いカチューシャをつけてやった日。私がそれを鮮明に覚えているいないはともかくとしても、質問の答えとしては的外れなものに感じた。

「なまえちゃんはオレのこと好きか?」
「さあ。良くも悪くも尽八は私の弟みたいなもんだからねー」
「そうか!それは残念だな!」
「だからさっさと高校でいい子見つけなさいよ」
「なぜだ?」

小首を傾げる。私は、眉を寄せる。何故ってそりゃあ、報われるとも限らないからに決まってる。少なくとも今の私にその気はないのだから、その純粋な想いを抱き続けたところで。しかし尽八はそれこそが幸福とでもいうような笑みを咲かせた。

「こんなにもなまえちゃんが好きで好きで仕方が無いというのに、何故諦める必要がある」

私を見据えた瞳は、慈しむような、愛しむような。その表情があまりに美しいものに思えて仕方がなかったことは(見惚れる、とはこういうことなんだろう)、長年連れ立った親友にさえも言えない秘密であったりする。

その事実のみを簡単に伝えると、親友は何かを考え込むようにして腕を組んだ。

「成る程な。では、いずれなまえは私の義妹となるわけか」
「何が成る程だ…あんた何一つ理解してないだろ。私が言ってんのはあのガキをどうにか、」
「うん、悪くない!むしろ大歓迎だよなまえ!おまえはこの私が敬意を送る数少ない人間だからな!そんなやつが家族になるというのなら、これほどまでに嬉しいことはない!」
「そーかよくわかった。相談した私が馬鹿だった」

間違っても彼女をお義姉さんなどと呼びたくはない。生涯この心底手のかかる姉弟の面倒を見続けることになれば、私のストレスは積もりに積もりいずれ爆発してしまう。いやだ。絶対に嫌だ。

「浮かない顔だな。何か不満でもあるのか」
「大有りだよ」
「私の弟の何が不満なのだ」

ほら見ろ話が噛み合わないじゃないか。そこそこ理解のある私でこれとなると、学部の違う彼女が周りに馴染めているのか段々と心配になってきた。そんな私の心配もつゆしらず、親友はにやりと笑いながら薄い唇を開く。

「それとも他にいい男でもいるのか?悩みなら私に相談するといい」
「相談してもどうにもならないことは実証済みだからもういい」
「そうだ!ここは一つ、尽八の魅力について小一時間ほど語ってやろう!」
「語るな」

弟について小一時間語れる姉というのも如何なものか。
やはりというか、間髪入れずに返したはずの断りはなかったものと認識された。二酸化炭素が舞う。弟が産声を上げたその瞬間から今に至るまでの16年間を事細かに、嬉々として話す親友の声をBGMに、私は読みかけの小説を眈々と読み進めることにした。



20140208
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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