今日も今日とて煩く振動する携帯電話。大学の講義中であろうが昼食時であろうが家にいようが外出していようが所構わず鳴り響くそれに、私はやはり今日も眉間を押さえつけた。開くまでもなくメールの送り主には想像がいく。幼馴染であり親友である友人の弟、東堂尽八だ。
キザなプロポーズをしてきたあの日から尽八はえらく積極的に接してくるようになった。今にわかったことではないが、彼の中の私はもはや単なる年上のお姉さんではないらしい。渋々携帯電話を操作すれば、読むのも嫌になるような長文メールが飛び込んできた。頭が痛い。「なまえちゃん!」と、ここにいるはずのない馬鹿の声がすぐそこに聞こえたような気がして、私は溜息とともに項垂れた。

「健気っすねえ」

その一言で済むのならまだ可愛いものだが、気丈すぎるのも困りものだ。
メールの内容は大半がくだらない近状報告だったりする。可愛い弟分は今日も部活でいい汗を流し高校生らしい青春の日々を送っている様子だ。いいことだ。返信をしないと心配して電話がかかってくる始末なので、私はやむ負えなく返信メールを作成する。ギブアンドテイクのなっていない本文、送信。こうして甘やかすこと三年。向けられる好意を突き放すことのできない私も、それはそれで問題なのではないかと考え始めた今日この頃である。

「あのちびっ子がもう高校生だなんて驚きですよ。オレらも年食いましたね」
「私としてはあんたらがこの大学に入ったことのほうが驚きだけどね」

目の前で頬杖をつく後輩は、信じがたくも中学時代に付き合いのあった不良少年の一人だ。坊主頭のほうは先月カナダのほうに留学すると言って日本を飛び出して行った。成る程月日が経てば人は変わるものだと思い耽ってしまうあたり、後輩の言うことも強ち間違いではない。

「それでなまえさん、いつになったら振り向いてやるんですか?」
「はあ?」
「悪い気もしてねえんでしょ」
「あのねえ、」
「いいじゃないっすか。今時年の差カップルなんてうじゃうじゃいますよ」
「そういう問題じゃないだろ」
「じゃあどういう問題なんです」

そういう問題じゃないんだよ。年の差がどうとか世間体が何だとか、そういうものは元来気にしない性格だから。もし相手が尽八ではない4歳年下の男なら、あるいはその手を取っていたかもしれない。が、小学生の頃から知るクソガキを今更そういう目で見ようというほうが難しい話だ。しかも東堂姉弟は揃いも揃って(認めざるを得ないが)容姿が良く、人の話を聞かないという点を除けば性格も悪いやつらではない。敵も多いがその分ファンも多い。であるからして、付き合いが長いことを抜きにしても、釣り合いの関係で横に並ぶのだけは遠慮願いたいというのが本音だ。私のような平々凡々にとっては、彼らを後ろから見守るくらいが丁度いい立ち位置なのである。文武相応とはよくいったものだ。私は身の丈に会うような人と結婚して、平凡に幸せな人生を歩むのだ。

「オレはあの男より尽八くんのほうが好感もてるんだけどなあ」

後輩はでかい独り言を呟く。私は特に返事を返すことはせず、ぬるくなった紅茶を喉に流し込んだ。

インターホンが鳴る。歯を磨いていた私はげっそりとしながら一人暮らしを始めた家のドアノブを捻った。朝から何とも眩しい笑顔である。この頭痛はおそらく二日酔いのせいだけではない。

「尽八、今何時だと思ってんの」
「7時だな!おはようなまえちゃん!」
「ああおはよう。約束は10時だった気がするんだけど」
「なまえちゃんと早く会いたくて家を6時半に出てきたのだ!さあ行こうか!」
「店が開いてるわけないだろ」

せめて連絡をしろと思う。部屋着やスッピンを見られたところで今更どうとも思わないが。ナチュラルに寝癖を撫でる手から逃れ、私は尽八を部屋に入れた。1LDKの部屋に足を踏み入れた尽八は、キッチン横の空になった缶ビールやおつまみが詰められたビニール袋を注視して言った。

「もしや…男か?」
「そーそ、大学の先輩」

昨晩は宅飲みだった。お相手は常識も良識もあり優しいの権化とも言えよう先輩である。親友は彼をブサイクと称したが人間顔ではない。女と密室に二人きりだと言うのに、酒に酔った勢いで手を出してこなかったところにも好感が持てた。付き合うならああいう人がいい。もう殺伐とした恋愛はこりごりだ。

「オレというものがありながら浮気なんて酷いじゃないか!」
「泣くなよ面倒くさい」
「なまえちゃんはオレのなのに」
「違うね。なった覚えないもの」
「なってくれ!」
「尽八、朝ご飯食べるか」
「食べる!」

尽八は目を煌めかせてテーブルについた。可愛いやつ。そうそう、そうやってキザな男などではなく可愛い弟をやっていればいいのだ。そうすれば、――はて、そうすれば、何だというのか。

「なまえちゃん、結婚しよう」
「そーか美味いかありがとう」

スルースキルは上々。悲しむ顔も見せず、笑顔ばかりを振りまく彼の考えは分かりやすいようで理解し難い。悩ましい限りだ。



20140207
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -