「いいかなまえ!ハッキリさせてバッサリと振ってこい!さもないと私の怒りが収まらん!」
「わかったから座って目の前の仕事を片付けなさいよ」

数字の羅列に目を通しながら言えば、東堂は満足げな様子で席に戻った。他の役員もいるのだから少しは自重してほしかったが、終わったことについては何も言わないでおく。
そんなことがあって、私は昼休みに元彼氏の男を呼び出した。私の真顔が恐ろしいのか何なのか、挙動不審に目を泳がせている。「で?」自分で呼び出したにも関わらず、私が口にしたのはその一言だけだった。男の態度が腹立たしかったのもあるが、悲劇のヒロインみたいな真似をしたくなかったという下らない理由でもあった。

「部活のマネージャーなんだよ。それで告白されて…ちょっと出来心って言うか、可愛い後輩だし…でもオレが好きなのはなまえだって気付いたんだ。本当に悪かった。もう絶対しないから、ヨリ戻そう」

頬のあたりがピクリと動くのが分かった。手を出したのは可愛い後輩じゃなくて可愛い女の子だったからだろう。挙げ句の果てに、否、この後に及んでまだこの男は私と元サヤに戻ろうとしているらしい。少し前の私なら確実に手が足が出ているところだ。

「いやだ。断る」
「は、え、なまえ…?」
「出来心で浮気するような男と付き合ってられるか」
「ま、待てよなまえ!もうしないって言って…!」
「あ?」

いつまで彼氏面してんだ。威嚇するように言ってやると、男は情けない声を出して腕を引っ込めた。踵を返した私は舌打ちをひとつ。元彼氏の一挙一動に対し苛々を募らせてはいたが、それ以上に清々しいほどの開放感を感じていた。

放課後は親友を生徒会室に置いて一足先に帰ることにした。涙目になって縋り付いてきたが、無駄口ばかりを叩いて仕事をしないやつが悪い。それにたまには厳しく接することも大切だろう。飴と鞭は使い分けてこそだ。胸につかえるものが消失した今日は新しくできたカフェに寄って帰るつもりだ。気分がいいから、普段は食べないパフェを注文するのも悪くない。久しぶりに自分に優しいことを考えながら歩いていたら、校門のところに群がる女子生徒が目に入った。眉を寄せる。芸能人か何かだろうか。仕事を増やすんじゃないよ面倒くさい。
10人近くはいるであろう女子生徒に声をかけようとしたとき、その中心にいる人物と視線がかち合った。あんたか東堂尽八。「なまえちゃん!」嬉しそうな声を聞いた女子生徒たちがヒソヒソとやり始める。ちゃん付けが似合わない女で悪かったな。そんな気持ちを込めて視線を向けると、肩を震わせた彼女たちは謝罪の言葉を置いてそそくさと逃げ帰っていった。

「サインとか写真とか姉弟揃ってよくやるよ」
「ファンサービスだ!」
「そーかお疲れさん。姉貴なら生徒会で職務に追われてるけど」
「姉貴に用事はないよ。今日は部活がなかったからな、なまえちゃんを泣かせた男に一言言ってやろうと思ってやってきたのだ!」
「帰れ」
「それで、どこにいるんだ?」
「いないから帰れ」

この姉弟はどうしてこうも人の話を聞かない。その耳は飾りなのかと問いたくなる。校内に足を踏み入れようとする尽八の腕を掴めば、むっすとした顔が振り返った。

「恋人だからと言ってかばう必要はないぞ。これは男と男の問題なのだし、なまえちゃんを巻き込むつもりはないからな」
「だから…はあ、」
「溜息を吐くと幸せが逃げてしまうぞ」
「誰のせいだ誰の。察しろ。あの浮気男とはさっき話を付けてきたから、もういいの」
「何!?ヨリを戻したのか!?」
「別れたんだよ!」
「何でだ!なまえちゃんの恋人を名乗るのならオレくらい美形になってからにしろと言うつもりだったのに!」

目の前で叫ぶ中学生が何を求めているのか皆目見当がつかず、私は呆れ困って眉間に手をやった。ヨリを戻して欲しいのか何なのかどっちなんだ。なまえおねーちゃんちょっと分かんない。

「…何してんの」
「ん?こういうときはキスするものだろう」

いや何でだよ。やだよ。冷静なツッコミとともに、無遠慮に近づいてきた顔を押し返す。

「したい!」
「やだよ」
「…なまえちゃんはオレのことそんなに好いてくれていないのだな」

しゅんとした声が小さくなる。息を吐き出してみて思う。私は最近溜息ばかりを吐いている気がする。しかしその大半が嫌なものばかりではないと思えるのは、溜息を吐かせる相手がこの姉弟だからだろう。何だかんだ言いながら私は甘いのだ。

「まったく本当いくつになっても世話の焼けるクソガキだな」
「…なまえちゃんにとってのオレはやはり子供なのか?」
「そりゃね」
「では、もう少し待っていてくれ」

頭を撫でてやっていたらその手を掴まれた。かと思えば、それは少しばかり下に下ろされ顔の位置で止まる。尽八は、またあの真っ直ぐで躊躇いのない視線を私に向けて言った。

「約束だなまえちゃん。オレは大人になってもう一度なまえちゃんにプロポーズしよう」

指先に触れた柔らかな熱は僅かながらに体内に侵入したような、そんな気がしなくもない。例えるならあの日と同じ感覚だ。そう、雨が上がった瞬間の陽射しのような、確かな心地よさ。私は思わず笑みを零す。すると尽八は驚いて顔を赤くした。指先にキスしながらのプロポーズの言葉は顔色一つ変えずに言えるというのに、可笑しな奴だ。



20140206
指先に吐息
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