中学生というのはこんなにも扱いずらかったのかと、今更になって自分の母親の苦労を認識する。彼氏がいることを告白したあの日から、私はどうやら東堂弟に避けられているようだった。東堂家に遊びに行っても姿を見せず、拒否を考えるくらいに煩かった着信もなし。ずっと可愛がっていたペットの犬に嫌われてしまったような、そんな気分だった。

その日は、やはり数週間振りに親友と遊ぶ予定を立てた。例によって場所は東堂家となったのだが、しかし私は何故か家主不在のまま一人大きな門の前に立っている。右手には鍵。下校時ファンに呼び止められサインをせがまれた親友に託されたものだ。鍵を渡され、先に部屋で待っていろという命令を受けたのはこれが初めての事ではない(人前で言われ一部生徒からあらぬ誤解を抱かれるのも然り)。もはや第二の我が家ともいえるこの家に入ることに抵抗もない。ただ強いていうのなら、私のことを避け続けている弟分と鉢合わせになるのが少しだけ憂鬱なだけだ。
鍵を開け屋内に入った私は早速溜息をつく。靴がある、つまり東堂弟は部屋にいるということだ。溜息。こんなことでビクビクしている自分が情けない。向こうは私に会いたくない、私は私で気まずい、ならば親友の部屋に入って待っていればいいだけの話だろう。そうだ何を気落ちする必要がある。考えを改めて「お邪魔します」靴を脱いだとき、サイズの小さいローファーがそこにあることに気づいた。メーカーには拘りをもつ私や親友のものではない。男子中学生が履くには小さすぎるそれ。状況を理解した私は思わずニンマリとしてしまった。何だ、人に彼氏ができて拗ねているかと思えば、自分だっていい子ができたんじゃないか。ここは一つ姉貴分として挨拶をしておこう。などと、いらぬ気を利かせ、ノックもなしに部屋の扉を押し開けたのが全ての間違いだった。

「えー、っと…お邪魔シマシタ」

まさか事に及ぶ直前だとは思いもしなかった。そろそろと扉を閉めた私はローファーを履き直し、鍵をかけ、東堂家をあとにする。正直申し訳ないことをしたと反省している。下着姿で組み敷かれた女の子は恥ずかしさのあまり声も出なかったようだし、弟くん本人に至っては顔を真っ青にして固まっていた。しかし今時の中学生というのは、そんなに進んでいるのか。成る程扱いずらいわけだと思う。可愛がっていた弟分の大人な現場を目撃したその日は、帰ってきた親友を街に連れ出し、なるべく触れぬようにとそっとしておいてやった。

「へえ、妬けるな」
「何でよ」

世間話程度にそのことを話したら、彼氏は予想外の返答をした。今の話からどうしたらヤキモキできるのか理解できない。

「他の男のことなのに楽しそうに話すから。つか嬉しそう」
「そりゃあ、弟分に彼女ができるのは嬉しいことでしょ。それと、私が好きなのはあんた」
「かわいいこと言ってくれるなあ。でもやっぱり羨ましいよ」
「もう、しつこい」
「東堂さんもそうだけど、幼馴染ってことは昔のおまえも知ってんだろ?オレは今のおまえしか知らないから、妬ける」
「…ばーか」

付き合って2カ月というのはまだまだ幸せの絶頂期だと思う。体験する何もかも全てが私にとっての初めてだったりするわけで、今までで一番心臓を駆使している気がしてならない。苦しい中にある幸せ。さながら穏やかな日差しの中にいるように毎日が暖かい。些細なことでイライラしていた数カ月前がいっそ懐かしく思えるほど、心は穏やかに過ぎて行く。

「早いなー、東堂弟」
「…なまえちゃん、」

しかし、私の心情とは裏腹に東堂弟の態度は変わらない。名前を呼んだくせに目を逸らし、自転車に跨って走って行ってしまった後ろ姿を見送りながら思う。

「中学生と言えば反抗期か」
「自分の話か?」
「違う。若気の至りを掘り返すな」
「尽八は清く正しくスクスクと育っているぞ。ロードを始めてからというもの、今まで以上に何事にも素直になった気がするよ」
「…今しがた普通に無視されたばっかなんだけど」
「さしずめ、なまえに恋人ができたと聞いてショックを受けているのだろうよ!」

現場を邪魔してしまったことに腹を立てているのではないのか。私の見解としてはそれだったが、実の姉である彼女が言うのならそうかもしれない。そうだとしたら解決のしようがないが、いつか時間が解決してくれるだろう。

「今日もあの男か?」
「今日はね」

隣を歩く親友は頬を膨らませた。定期的にかまってやらないと仕事のスピードが著しく低下するから面倒なやつだ。買い物に付き合えというので、そういうことなら明日はあけておくとだけ返答した。今日は常々行きたいと思っていたカフェに連れて行ってくれるそうだ。何を話そうか、考えるだけで幸せである。
しかしそういうときに限って事態は思わぬ方向に、嫌な方向に転がるものなのかもしれない。学校へと歩みを進めていると校門のあたりに男女の影を見た。「あれは、」東堂は呟いたが、ふいに、そのあとに続く言葉を閉ざした。私も言葉を無くすしかなかった。人様のキスの瞬間を見たためではない。女子生徒の唇を奪った男が、自分と付き合っているはずの彼氏だったからだ。女子生徒の視線を辿り振り向いた男は、ヤバイと言わんばかりの顔をして私を見た。

「わ、なまえ!何でこんなに早い時間に…」
「生徒会の仕事」
「そ、そうか…」
「おいおまえ!なまえというものがありながら白昼堂々他の女子に手を出すなどっ、」
「東堂、朝からでかい声出さないでよ頭に響く」
「は、ちょっと!なまえ!」

何も言わずに校舎に入っていく私の腕を東堂が掴んだ。それを力任せに振り払い、私は廊下を突き進む。彼氏は追ってこない。泣きそうになっていたあの女子生徒を慰めるのに精一杯なのかもしれない。

「何故ガツンと言わない!あれは問い詰めるべきだろう!」
「ほっといて」
「……なまえ、」

くそ、泣きたいのはこっちだ。



20140205
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