初恋は叶わないというが、あれは強ち間違った理論ではないと思っている。実際のところ、私の初恋は小学五年生のときに儚く散った。好きな人に彼女ができてしまったと知った時の衝撃は、幼い心には痛くデカイものだった。以降中学は共学だったが恋には無縁。改心して学校に通うようになってからも、特にこれと言って心躍るライフイベントは起きなかった。
中学卒業後は近くの進学校に進学した。そこにはやはり幼馴染兼親友の姿があり、腐れ縁というのはなかなかに切れないものであると認識したのが一年前のこと。座学トップの成績をおさめた彼女が入学式に行った新入生挨拶は、今や後輩たちに語り継がれる伝説だったりする。近寄り難い印象とともに得たものは数多のファンと敵。もとより世話焼きな性格である私は、ここにきても仕方なく彼女の通訳とボディーガード的役割を買って出た。今年入ってきた後輩どもに「生徒会副会長は会長の番犬」として名が知れた私の心情といったらとても表現し難い。良心から生じた悲劇以外の何物でもないと思う。
しかし、そんな私にも春というものがやってきた。番犬などと呼ばれる女を好きになる物好きもいたものだと当初は呆れたが、話してみればこれがまた私好みの好青年で、どっぷりと浸かって抜けられなくなったのが1カ月と半月前の出来事である。

「なまえ、私は少し怒っているぞ」
「はあ?なんで」
「あの男ばかりで全然私と遊んでくれないではないか。恋人と唯一無二の親友、どちらが大事なのだ」

目線をテレビ画面に向けたまま、親友は口を尖らせた。画面の中では配管工事を生業とする兄弟が、にこにこと笑いながらジャンプを繰り返している。私はコントローラーのボタンをカチカチとやりながら、溜息とともに言葉を返した。

「遊んでるでしょ現在進行形で」
「そうだな実に1カ月半振りだ。その間おまえは私が誘っても、やれ彼氏と遊園地だ水族館だ映画館だと言って断り続けていたからな」
「おかげで遊園地も水族館も映画館も楽しかったよ。東堂も早く彼氏作ったら」
「美しい私に相応しい男が現れたら作るさ」

親友は言うが、その相応しい男とやらは私の知る限り現れたことがない。妥協も大事だということをしみじみ実感する今日この頃だ。

「なまえちゃん!来ていたのだな!」

部屋の扉がノックもなしに押し開けられた。私たちは特に目線を向けることもせず、囚われの姫を救う為に道を突き進む。反応がないことに腹を立てた声の主はあからさまに不機嫌な顔をして、私の視界に姿を覗かせた。「無視はさすがに傷つくぞ」への字に曲げられた口が再度私を呼ぶ。お姉ちゃんと間延びした声で呼ばれていたときのほうが、まだ些か可愛げがあった。今では身体もでかくなって(いや、まだ私のほうが数センチは)とにかく可愛げなんて欠片もあったものではない。
そのまま無視を決め込んでいると画面がポーズした。視界にちらつく中学生の、実の姉の仕業である。

「ときに尽八、つい一週間前になまえと遊んだと言っていたな?」
「遊んだな!楽しかったぞ!」
「いいか私は今1カ月半ぶりに親友と遊んでいるのだ。おまえは大人しく部屋に戻っていろ」
「なんでだよ!オレだってなまえちゃんと遊びたい!」
「口を開けばなまえなまえと五月蝿いやつだな!そろそろなまえ離れしたらどうだ!」
「姉貴がな!」

どちらからともなく立ち上がる。どこで兄弟喧嘩をしようが知ったことではないが、他人である私を間に挟んで口論するのはやめてほしい。

「ハッハッハ!小さくなったな姉貴!」
「姉である私を見下ろすとはいい度胸だな尽八…いいだろう、コントローラーを持て!」
「望むところだ!」

セーブもせずにディスクが抜かれ、素早い手付きで新たなものがセットされる。大乱闘開始。昔こそ私が圧勝していたこのゲーム、ここ最近となっては勝てた試しがない。
突如始まった勝負だったが、開始数分と経たないうちにお預けとなった。母親に呼ばれた姉が渋々部屋を出て行く。すると弟のほうは、ここぞとばかりに背中に抱きついてきた。でかくなっても中身は少しも変わらない。私のあとをくっついていた小学生の頃のままだ。

「なまえちゃん!この前公開した映画はもう見たかね?」
「あーあれね、最高だったよ」
「好きな女優が出ると言っていたから誘おうと思って…え、もう観てしまったのか?」
「反応おっそいな」
「また姉貴だな!なまえちゃんが映画に行く人物など相場が決まっている!姉のやつ、1カ月半振りとか言っておきながらちゃっかり遊んでいるではないか!」
「勝手にあいつ以外に友達いない認定するなよ。彼氏だよ彼氏」
「は?」

清々しいくらいの真顔だ。私に彼氏がいたらそんなにおかしいのかと問いたくなる。

「ま、またなまえちゃんはオレのことをからかって居るのだろう?」
「誰がそんなくだんない嘘つくか。彼氏できたの、同じ学校の奴。まだ2か月だけど」

祝えという気持ちを込めて言ってはみたが、返ってきた反応は見事に予想に反したものだった。丸い目で私を見て、それからカーペットのほうに視線をそらし、「そうか」小さく呟いた東堂弟は静かに部屋を出て行った。すれ違いに戻ってきた姉が首を傾げている。何があったか?その質問は今まさに私がしようとしていたところだ。



20140205
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