何とも素っ頓狂な声を上げてしまった。道端の人が何事だと振り返るもんだから、わたしは途端に恥ずかしくなって声を小さくする。

「あんた弟なんていたっけ?」
「いるぞ。私に似て美しい顔をした弟がな」

幼馴染は大して無い胸をドンと張って言った。顔は誰もが羨むくらいに整っているくせに、胸と性格だけは本当に残念なやつ。姓を東堂というこの幼馴染とは幼稚園の頃からの付き合いだ。10年前後も行動を共にしているのかと考えると、なるほど、感慨深いものはないが苦労ばかりが思い返される。確か初対面の第一声は「どうだ!わたしほどにうつくしいものをみたことがないだろう!」だったか。これに流石の私も空いた口が塞がらなかったし、子供ながらに、ああこいつはヤバイ奴なんだろうなと悟った。関わらないようにしていたつもりなのだが、いくら避けても遠ざけても、気付けば彼女は私の隣にいた。まるでそこが定位置だとでも言うように。慣れとは怖いものであると、中学生になった今もしみじみ思う。いつからか、私がそれを受容するようになってから随分と月日が経つわけだ。
して、弟とは如何に。そんなものがいるだなんて今初めて知った。確かに東堂の家に行くのは今日が初めてだが、会話の中にくらい出てきたっていいもんじゃないか。いや、もしかしたら出てきていたのかもしれない。東堂の話は8割方を右から左へ聞き流しているから、単に私が聞いていなかっただけなのかもしれない。

「まさか性格も似てるとか言うんじゃないよな」
「性格は…そうだな。似ては、いないだろうな。少しばかり内気なところがある」
「はあ?あんたの弟が?」
「あるいは好かん性格かもしれないな」

東堂に顔がよく似ていて、性格が内気であるらしい弟。つまり姉のように煩くないということならそれに越したことはないが、いや、しかし、東堂の顔をして引っ込み思案な性格というのはそれはそれで気持ち悪い。
初対面の子供に何とも失礼な感情を抱きつつ、私は弟くんと対面した。柱の影からこちらを窺う小さな子供は、今年小学校三年生になったばかりらしい。東堂は、姉、という顔をして絶賛人見知り中の弟を呼んだ。

「こっちへ来な尽八!紹介しよう。これが私の親友であり、よきライバルでもあるみょうじなまえだ」
「コレ言うな。あとその紹介、恥ずかしいから他でやるなよ絶対」
「話をしたことはあるが会うのは初めてだろう?」
「…うん」
「いい奴だからな。おまえもきっと気に入るよ」

顔に垂らした黒髪の隙間、姉と瓜二つの瞳が怯えたように揺れている。自慢じゃないが私は子供に好かれる性格ではなかったりする。後輩に対する接し方も雑だというのに、4歳年下の小学生にどう接していいものか。考えてはみたものの面倒くさいことこの上ない。嫌われたら嫌われたでいいだろう。

「なっがい髪、」
「っ!」

気にかかる前髪に手を伸ばしたら、パチンと弱い力で弾かれた。思わず眉を寄せると、肩を震わせた子供は姉の後ろに身を隠す。近づこうとすればこれだ。人の気持ちを察することもせず、見たまま感じたままに行動する未知の生物。(というのは完全に、大人でも子供でもない私のエゴだろうが)これだから子供は、いや、そうじゃない、子供相手に何を向きになっているんだ。

「その前髪には何か理由があんの?」

思い直して投げた問いかけに対し、姉の後ろからひょっこりと顔だけを出した子供は答えた。

「みんなが…女みたいな顔だっていうんだ。オレは男なのに、みんな、バカにする」

だんだんと小さくなって行く語尾。ボソボソと口の中だけで喋るような口調に、私は確かな苛つきを覚えた。こいつ本当に東堂の弟か。内気とは聞いていたが、実際に見るとこうも腹立たしいとは。東堂がわざわざ「好かん性格かも」と言った意味がわかった気がした。はあ。盛大に二酸化炭素を舞わせた私は、頭に浮かんだ言葉を捨てるかのようにして吐き出した。

「くっだんな」
「なっ、くだらなくはないぞ!オレはこんな顔きらいなんだ!」
「いいやくだらないね。男だっていうなら何言われても気にするなよ」
「そ、そんなこと、」
「いいか東堂弟。女みたいだって言われるのはあんたがキレイだからだ。隠すなんてむしろ勿体無い。――そうだ」

思い立って、カバンの中から白いカチューシャを取り出した。何か物を書く時に使っているのだが、うん、丁度いい。首根っこを掴むようにして弟くんを自分の方へ引き摺り、その長い前髪をカチューシャで掻き上げる。ぐっと瞑られた瞳が恐る恐る開く。

「嘘つけ。かっこいいじゃん」
「…かっこ、いい?」
「なーにが女みたいだ。もっと背筋伸ばしてしゃんとしてみなさい。堂々としてれば、みんな認めざるを得なくなるんだから」

それでも周りが煩かったら言いな。黙らせてやるから。
そう言えば、唖然としていた弟くんは表情に笑顔を咲かせた。子供らしい濁りのない笑みである。その頭をくしゃりと撫でて立ち上がると、今度は子供のほうから服の裾を掴んできた。

「ね、ねえ!このカチューシャ、」
「前がよく見えていいでしょ。まあそこらで買った安もんだから、着けるも捨てるも好きにしなさいよ」

キラキラとした返事が返る。どうやら嫌われることはなかったようで、溜め息の代わりに安心感を得た。私の一歩前を歩き部屋へと向かう友人は、高らかに笑いながら理解し難い自論を口にした。

「私の親友はズルイ奴だよ」
「唐突だな相変わらず」
「知っての通り私は美人で頭も良い完全無欠の人間だが、人を寄せ付ける能力に関してはおまえのほうが一枚上手だと常々感じている」
「ふーん。それは初耳だったわ」
「尽八のあんな顔を見たのは、姉である私にとっても久しぶりだ」

そっくりな顔が笑う。親友とやらが言うことはやはり理解できなかったが、この姉弟、血が繋がっているだけのことはあると思った。



20140201
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