駅から少し歩いた所に美味しいパン屋さんがあるのをご存知だろうか。朝が早いわたしは、いつも焼きたてのパンを買って大学へ行く。

「いやいや悪いですって!」
「いーんだよ!いつも贔屓にしてくれてる礼だ。ありがたくもらっとけ」
「えー、ほんとにいいんですか?」
「その代わり明日一個多めに買えよ」
「もー!太らす気ですか!」

ガハハと大きな口を開けて笑うこの人はこのパン屋さんの息子さんだ。180センチは優に越えているであろう長身、がっしりとした筋肉、こういっては怒られてしまうかもしれないが、森の中を住処とするあの動物によく似ている。毎日のようにやってくるわたしは、ある程度の冗談を言い合える程度には田所さんと仲良しだったりする。今はおじさんとおばさんが中心になってお店を運営しているみたいだけど、そっか、いつかは田所さんがこのお店を継ぐのか。田所さんはこのあたりの子供たちからも人気だし、それもまたいいことだと思う。
いつものように淹れてもらったコーヒーを飲みながら、他愛のない話をしていると、カランカランという音とともにお店の扉が開いた。こんな時間にわたし以外のお客さんとは珍しい。

「はよーございまーす」

どこか気だるそうに入ってきたのは赤い髪をした男の子だった。派手という代名詞がよく似合いそうな、チカチカとした。

「おっせーぞ鳴子。7時の約束だろ」
「オッサンいっつも半でいい言うてるやないですか」
「今日から新作出すんだよ」
「バイトこき使いすぎっすわ。あー、ねっむ、」

なるほど、バイトさんか。そういえば前に、おじさんから「なまえちゃんよかったらバイトしないかい?」なんて言われた覚えがある。働きたい気持ちはあったけど大学が早いから、そのときは泣く泣く断ったのだ。そんなことを思い出していると赤い髪の彼と目が合った。欠伸をしたせいか、こぼれ落ちそうな大きな目には涙が滲んでいる。

「あ、すんません。お客さんの前ででっかい欠伸してもうた」
「いえ、いいんです」

謝罪とはいえ、突然声をかけられて焦ってしまった。わたしはそこまで人見知りではないはずなのに、どつしよう、変に思われたりしたら少し嫌だな。

「バイトさんですか?」
「高校のときの部活の後輩でな。ちっこいからマメツブって呼んでんだ」

店の奥に入って行く彼を見送り、田所さんに尋ねてみたところそんな答えが帰ってきた。そりゃあ田所さんに比べたら、大体の人はマメツブですってば。それにしても。さっきの彼、田所さんの後輩ってことは、わたしと同い年くらいなのだろうか。可愛い顔をしているからうっかり年下だと思ってしまったけど、おそらく同い年か、あるいは年上だ。可愛いなんて言ったら怒られちゃうかなあ。
名前も知らないバイトさんに特に意味もなく思いを馳せていると、白いコックコートに着替えた彼が店の奥から飛び出してきた。

「よっしゃー!今日もやったるでー!オッサン!仕事!」
「イーゼル立てといてくれ。――騒がしくて悪いな」
「賑やかでいいと思いますよ」

バイトさんに一つ元気を貰った気分になって、わたしはマグカップを置いた。ごちそうさまです。さて、今日も元気に勉強頑張らないと。田所さんに手を振ってお店を出る。去り際バイトさんと視線が合ったので、軽く会釈をした。すると、彼はにかっと笑って。

「おーきに!また来てなー!」

太陽のような、なんていう表現がぴったりな笑顔に心臓がドキリと音を立てた。一目惚れなんて生まれてこのかたしたことがないけれど、多分、恋に落ちる瞬間って今みたいなことを言うんだろうと思う。気づけば、わたしは彼の手を握ってこんなことをつぶやいていた。

「お、お名前教えてください」

人生初の一目惚れ。ついでに言うなら、こんなに積極的なことをしてしまったのも人生初だった。
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