お父さんが切り盛りしている居酒屋に、新しいバイトが入ってきた。クラスメイトの新開くん。とにかく食べるというイメージしかない。
「新開くん、いい加減にして。ちゃんと仕事してよ」
この夕方の忙しい時期に何をしてくれてるんだと思う。ホールから消えたかと思えば、大人のお姉さんたちがいる部屋に転がり込んで、ご飯を恵んでもらっているのだから困ったものだ。彼が入ってから、わたしの仕事は減るどころか増えた気さえする。オーダーとって料理運んで、運んだ先で見つけた新開くんを回収して、その繰り返しだ。
「つっても、お姉さんたちがくれるんだよ」
「断ればいいでしょ」
「お得意さんが来てくれなくなったらオヤジさん困るだろ?」
「そうだけど、」
確かに新開くん目当てのお客さんも多い。お客さんが喜んでくれるならそれにこしたことはないけど、でも、何でわたしはこんなに気に食わないんだろう。
「やきもちか?」
「ち、違う!ほら、勘ぐりしてる暇あったら仕事戻ってよ!」
やきもち?そんなわけないもん!
とっても頭にきたけど、お客さんの前でそんな顔もしていられない。お父さんに笑顔チェックをしてもらって、いざ個室へ。小さい頃から積み上げてきた看板娘の座を、ひょっこり出の新入りなんかに取られてたまるかっての。
「生ビールお持ちしましたあ」
個室に入った瞬間、わっとその場が盛り上がった気がした。え、何、今日サッカーの試合か何かあったっけ。
「うわ!マジで可愛いじゃん!」
「は、」
「だから言ったろ?」
「こっちきてオレらと飲もー?」
「えっと、いや、あの、」
お酒の匂いを漂わすお兄さんたちに肩を抱かれて、あ、やばいと思った。たまにいるのだ、こうして店員に無駄絡みする人たちが。この場をどうナチュラルに、いかにお客さんの気を損ねずに切り抜けようかと思考を巡らす。が、構成立てだわたしの考えは一気に崩された。
「この子オレのなんだ。ちょっかい出さないでくれるか?」
あ、ばか、そんなこと言ったらお客さんが――。
「なんだ隼人くんのかよ!」
「早く言えよなあ!」
どうやら新開くんはお姉さんだけでなく、お兄さんからも支持を受けていたらしい。とんだ杞憂だ。わたしは恥ずかしい気持ちを何とか抑えながら、営業スマイルを浮かべて個室を後にした。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「わたし、看板娘の座は渡しても、新開くんのものになった覚えはないから」
「看板娘はなまえだろ。とりあえずさ、今からオレのになる?」
「ならない!」
「けっこー本気なんだけどな」
甘いマスクで軽々しくそんなこといって、もしわたしが本気にしたらどうするつもりだろう。本気になんてしないけど。ぜったい!