小学校から帰ってきた弟が「てらのさうるす」をとってほしいと騒ぎ始めたのがついさっきのこと。引きずられるようにして近くのゲームセンターにやってきたわたしは、現在、UFOキャッチャーの前で奮闘している。てらのさうるす、というのは何を隠そうその昔存在した恐竜のことで、透明なガラスの向こうにある縫いぐるみを取りやがれコノヤローと弟は言うのだ。勘弁してよマイブラザー。おねーちゃんはゲームセンターになんて滅多に来ないし、ましてやこんな難しい…なにこれ?このウィーンてやつ?これをさ、好き勝手操作できるほどのスキルは持ち合わせていないんだよ。
わたしのお財布の中から勝手に取り出した英世ちゃんを、「りょうがえしてくる!」にこやかに笑って両替機へと駆けていった弟には、最早乾いた笑いしか出てこない。がめつく育ち始めた弟を遠くから見守っていると、何か興味を引くものでも見つけたのか、手にしていた英世を放って一直線に駆け出した。

「やすにぃぃい!!」
「はァ!?おまえ何でここにいんのォ!?」

床に落ちた可哀想な英世を拾い上げ、はてと首を傾げる。弟が「靖兄」と呼んで慕うのは、彼を除いて他にはいない。

「何してるの?」
「アー…見りゃァわかんだろ、バイトだよバイト」
「てらのさうるす!とれるか!」
「てらのさうるすぅ?」
「靖兄はお仕事中だから邪魔しちゃダメだよ。おねーちゃんがとったげるから」

弟のせいで聞きそびれたけど、なんで靖友がバイトなんてしているんだろう。ここ、儲かるのかな。黒いベスト姿がちょっとかっこよかっ「おねーちゃん!てらのさうるす!」はいはい、てらのさうるすてらのさうるす。わかったからちょっと静かにしてなさい。最早てらのさうるすがゲシュタルト崩壊しそうな感覚に陥りながら、わたしはUFOキャッチャーに向き合う。向き合うのだが、このてらのさうるす、足の方が埋まっていてなかなかとれないのである。根性出せ、ウィーンてやつ。もうちょっと耐性つけてよお願いだから。

「ド下手。頭についてる紐んとこ引っ掛けんだよ、こーいうのはァ」

聞き慣れた声が降ってきたのは、根性のないUFOキャッチャーにもう何度目かもわからない挑戦を挑んだときである。いや、あの、説明しながらやってくれるのはありがたいんだけど、

「や、すとも」
「あー?」
「近い、んだけど」
「なァに赤くなってんのォ?いつももっと凄いことやってるじゃナァイ」

背中に覆いかぶさるようにしてじんわりと広がった熱。早いところウィーンてやつを奥の方に移動させたいのに、靖友の指がそれを邪魔する。…いやいやいや弟見てるから、ほら見てってば、仮面ライダーガイム見てるとき以上に興味津々!なにしてるのって今にも聞いてきそうな雰囲気!そんなこと聞かれたらわたし答えられないし、ところでこれ腕回す必要ある?ないよね?ていうか仕事は?ねえ仕事は!?
ぐるぐると回る思考回路はオーバーヒートして焼き切れそうだ。靖友の顔は見なくたってわかる。今まさにわたしの反応を見て楽しんでるに違いない。

「あーらきーたさーん」
「げっ、黒田」
「その辺にしとかねえと、仕事中になまえさんとイチャついてたって店長にチクりますよ」

気づけば、透明なガラスに張り付いた黒田くんがじとっとした目でこちらを見つめていた。
靖友は一つ舌打ちをすると、いとも簡単にてらのさうるすを払い出し口まで運び込んだ。弟の嬉しそうな声が響く。ようやく離れた背中の熱。わたしは深い溜息を吐き出す。

「助かったあ」
「ったく、仕事中だってのに」
「あ、ねえ黒田くん。靖友いつから働いてるの?」
「ついこの前からですよ。何でも三ヶ月後に大切な日が来るとか」
「へーえ」

適当な相槌を打つと、にやにやとしていた黒田くんが途端にげっそりとした顔になった。舌打ちともに、「鈍感かよ」この後輩、たまにではあるが本当に口が悪い。きっと靖友のせいだと思う。

「おれ、さんかげつごしってるぞ」

帰り道、満足げな弟がそんなことを口にした。繋がれていないほうの手には大事そうに、てらのさうるすの縫いぐるみが抱えられている。念願のてらのさうるす。一緒に寝ると言い出すあたり相当嬉しいらしい。おねーちゃんも嬉しい。我ながらブラコンだと思うけど、弟の笑顔はさながら天使のよう。

「カレンダー読めるようになったの?」
「さっき銀色のにーちゃんに教えてもらったんだ」
「そっかあ、なんて言ってた?」
「さんかげつごはな、おねーちゃんのたんじょうび!」

なるほど。口の中だけで転がしてみて、しばらくしてからマジかと思った。「ねつか?」違う、違うんだ弟よ。おねーちゃん今嬉しいのと恥ずかしいので頭の中メチャクチャだから、一分だけ待っててちょうだい。ちょっと今頭の中整理して、そしたら遊んであげるから。ね。
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