靖友くんと付き合っているというと高確率で、というより必ずと言っていいほど驚かれる。友人たちは「嘘でしょ」「似合わない」と口を揃えて言う。本人を目の前にして、と思うかもしれないが、生憎わたしはそれを否定する術を持ち合わせていない。確かに、わたしみたいな女の子は彼に似合わない。顔も性格も地味、これと言って抜きん出る特技はなし。眼鏡をかけた優しい雰囲気の男の人が似合う、そう言われることのほうが多いくらいだ。それでもやっぱりわたしは靖友くんが好きだから、彼に似合うような元気でキラキラとした女の子になりたい。そう思った回数はきっと計り知れない。
「なまえチャン」普段の彼にしては控えのトーンが耳に届く。それが何かと臆病なわたしに対する彼なりの配慮だということを、わたしは知っている。クッションを抱きしめる手に力を入れて、恐る恐るそちらを見やった。

「付き合ってんだからさァ、もーちょいこっち来たらァ?」
「え……ど、っち?」
「こっち。つーかここ」

指さされた場所は靖友くんの真ん前、つまり彼の膝の上。わたしはカッなる顔を隠しながら、必死になって頭を振る。

「むり!むりだよ!」
「無理じゃねーヨ」
「や、やだ」
「…それはそれで傷付くんだけどォ」
「ご…めんなさい、でも、」
「アーわかったわかった、ごめんネ」

悪い癖だ。でも、だって、そうやって言い訳をしては呆れさせて。謝る彼を見たくないのなら謝らせなければいいのに、わたしは。
付き合って暫く経つが、わたしたちの関係は手を繋ぐところまでで止まっている。今の誘いを受ければきっと進展らしい進展があったのかもしれない。怖くはないのだ。駄目なのはわたしの臆病すぎるこの性格であって、靖友くんその人を怖いと思ったことは付き合い始めてからは一度だってない。強い口調で怒鳴り散らすことは殆どしないし、勢いで口を荒げてもハッとしたように気付いて謝ってくる。“でも”、そうする彼を見るといつも感じる。気を使わないでほしい、ありのまま接して欲しい。気を使わせているのは、ありのままの彼を奪っているのは、紛れもないわたし自身なのに、酷い我儘だと思うけど、それでも。

もやもやとした感情を吐き出せるわけもなく、眈々と毎日が過ぎて行く。あまりに代わり映えのない関係性に、今日はついに「それ、いつか愛想つかれるんじゃない?」と友人から指摘された。尤もだ。
周りに誰も人がいなかったからか、友人の言葉を思い出した途端にジワリと目の前が滲んだ。泣くのはとんだお門違いだと思った。変ろうと思うだけで変ろうとしない、そんなわたしがどうして涙していいと言うのだろう。これだから、こんなんじゃ、本当にいつか愛想をつかれてしまう。そんなのは嫌、だけど(ああ、また、言い訳ばかり)
放課後の廊下はシンと静まり返っていたから、鼻を啜った音は思ったよりも響いてしまった。部活をする人たちの声を遠くに聞きながら、わたしは教室の扉に手を掛ける。否、扉に触れようとしたとき、それは聞こえてきた。

「好きなの、荒北くん」

震えた、女の子の声。
静かな空間に満ちる空気を揺らして、確実に、わたしの耳に届いたそれは、考えるまでもなく、告白の言葉。

わたしは伸ばした手を引いて、静かに踵を返した。真っ白だった頭の中に数多の感情が流れ込んでくる。耐えきれず涙腺が緩んだのはそのせいだ。聞きたくなかった。聞きたくなんて、なかった。わたしには自信がない。彼を引き止めておくための確実な何かは、ここには、ない。
あの子の告白に靖友くんはどんな言葉を返したのだろう。好きな人を信じられないわたしは最低な女の子だと思う、思っても、頭の中をぐるぐる回るのは嫌な想像ばかりだ。「なまえ!」二の腕を掴まれたのはそのときだ。強く、刺すように名前を呼ばれたのも初めてだった。

「おまっ…何回呼ばせンだよ!?一回で振り向けっつのボケナス!!」
「っ、!」

ボロボロと泣き出したわたしを見て、靖友くんは見るからに狼狽えた。ごめんなさい、違うの。怖かったんじゃなくて、まさか追いかけて来てくれるなんて思ってなかったから、だからね。

「わ、悪い、でけえ声出して」
「ちがっ、う、」
「あー、っと、さっきのアレ?言っとくけどちゃんと断ったかんな」

嗚咽を抑えながら頷けば、やっぱり呆れたふうな溜息。こちらに伸ばされた手を遠慮気味に引っ込めて、靖友くんは首の後ろのあたりを掻いた。
わたしはゴシゴシと涙を拭う。数歩、彼との間に開いた距離を詰めて、シャツの裾を指先で掴んで。こんなに近づくのは初めてだなと思いながら、そうして顔を上げられずにいると、上から声が降ってきた。

「なまえチャン、これどーゆうこと?」
「えっと、…そういう、こと?」
「…逃げんなよ」

逃げないよ。そう答えるよりも先に、ふわりと柔く抱きしめられた。そんなに優しく抱きしめなくたって大丈夫なのに、まるで壊れ物を扱うみたいに。恐る恐る。応えるように背中に腕を回したら、ぎゅうと腕の力が強くなった。名前を呼ぶと、「ん、もちょっと」鼓膜に直接響く鼓動を感じながら、もうちょっと、あと少しだけ勇気を出してみようと心に決めた。



20140313
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