二つ年下のとても可愛い後輩くんがいる。男の子に可愛いという表現もどうかと思うだろうが、これがまぎれない事実であるから困る。彼は可愛い。レンズ越しの大きな目だとか、小さい顔だとか。何よりは小型犬を連想させるその中身だ。怖い先輩に言い寄られてオドオドとするその姿を見ていると胸の奥がきゅうっとする。守ってあげたい。なんて思ってしまうあたり、わたしの中の認識は「可愛い後輩」などという純粋なものではない。
わたしはあまり面倒見がいいほうではないが、マネージャーとして、自転車初心者の彼に色々と世話を焼いていた。何かと気にかけてくれる親切な先輩。彼の中のわたしの認識はおそらく良くてその程度だろう。彼は天然で鈍感で、驚くほど自分に自信がなくて、特にそういう感情には疎いだろうから、きっとわたしの不純な気持ちには気づいちゃいない。わたしはそれに甘えている。先輩と後輩という関係から抜け出したくはないのかと聞かれたら、答えはノーだ。あわよくばと思いながら大学をサボって母校に向かうわたしは、やっぱり不純な人間であると思う。

「なまえさん!?」

天気は晴れだが、気温は低く寒い。ネックウォーマーに手袋など完全防寒をした彼は、わたしの姿を認めるなり急ぎ足で駆けて来た。一足先に学校外へと出て行ったチームメイトを追って、今から走りに行くところだったという。「ボク、準備が遅くなっちゃって」恥ずかしそうに笑う顔を見て心の中でガッツポーズ。ジャストタイミングとはまさにこのことだ。

「今日はどうしたんですか?あっ、手嶋さんですか?」
「ううん、坂道くん今日誕生日でしょ?だからね、お祝いしに来たの」
「ええっ!?ど、どうして…!」
「そりゃあ大事な後輩だし」

用意しておいた台詞を吐けば、そんなそんなボクなんか、と坂道くんは謙遜した。
大事じゃなくて特別、後輩じゃなくて男の子なんだけれど。口には出さずにそんなことを思いながら、わたしは紙袋の中から丸いカプセルを一つ取り出した。それを差し出す。すると案の定、彼は取り乱したような仕草を見せた。

「えっ、…え!?」
「誕生日おめでとう坂道くん」

先日、パソコンを購入するために降りた秋葉原の街にて、わたしは人目も憚らず例のガチャポンを回しに回した。小さな子供が指差していた気もするけれど、坂道くんが兼ねてから欲しがっていたコレが出た時の感動に比べたら心底どうでもいいことだ。いくら使ったかは分からない。けれど、家にあるプラスチックの山を考えると相当注ぎ込んだに違いないとは思う。

「こっ、これ!滅多に出ないレアものの…!なっ、なんでっ!?」
「試しにやったらさ、偶然」
「こんなレア物いただいちゃっていいんですか!?」
「うん。あとこれお菓子も、よかったら食べてくれると嬉しいな」
「わああ!ありがとうございます!」

先輩らしく振る舞おうとしていたわたしも、この笑顔を前にすれば自然と頬も緩んでしまう。口元を手で覆い、やや顔を背ける。そうしてにやける顔を必死に抑えていると、左頬のあたりに視線を感じた。この場でわたしに視線を送る人なんて一人しかいない。
目線を戻した先にあった表情は癒し以外の何物でもなかった。その背にふわふわとお花が飛んでいるようにさえ。「どうしたの?」あくまでも冷静を、あくまでも笑顔を保って尋ねる。

「ボクなんかのためにわざわざ来てくれるなまえさんって、本当に優しくて素敵だなあって」

わたしは瞬きを一つ、二つ。ワンテンポ遅れて自分の発言に気づいた坂道くんは、あわあわとしながら弁解を始めた。

「あっ、そのですね!今のはそんなに深い意味があるわけではなく!な、鳴子くんも今泉くんも先輩方もみんなそう言ってるし…あ、でもボクも初めて会ったときからそう思ってて!」
「……、」
「ああっ!そうでした!ボクのためとか言っちゃったけどそんなことないですよね!とんでもない勘違いですよね!ごめんなさい!!」

今一度口元を手のひらで覆う。「す、すいません気持ち悪かったですよね!?」そんなこと、あるわけがない。むしろ嬉しくて、だからだらしなく頬が緩むわけで。

「坂道くんのためだよ、」
「そ、そんなお気遣いなくッ!」

坂道くんのためだよ。坂道くんじゃあなければ、必死になってレアもののキャラを手に入れることも、お菓子を作ることも、遥々千葉にくることだってしない。
言わなきゃ彼は気づくこともないんだろう。と、考えが過ったあたりでカバンの中の携帯電話が振動した。画面に映し出されたそいつは完全にお怒りの様子だ。それもそのはず。今日は新歓の準備だかなんだかで、マネージャーも部員も全員例外なく駆り出されている。

「出なくていいんですか?」
「うん。でも戻らないと」
「えっ、もう戻っちゃうんですか」
「えっ」
「あ、…すすすいませんまたボク勝手なこと言いましたよね!ごめんなさい!」

元主将と野獣くんの怒った顔が脳裏に浮かんだ。が、さっきの坂道くんの表情にすぐさま掻き消されてしまったから、仕方が無い。「ちょっと特別な男の子とデートしてくる」電話の相手にそんなメールを送り、わたしは携帯のバイブレーションを消した。

「坂道くん、」
「はい!」
「練習終わったらご飯食べに行こうか。わたし奢るからさ」

ぱああっと明るくなった顔。他の子を誘おうとする坂道くんを引き止め、「二人がいい」そう呟いたわたしはどんな表情をしていたか。きっと目の前で一時停止してしまった彼と同じくらい、否それ以上に大変なことになっているに違いない。



2014年小野田誕
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