生まれてきてくれてありがとう。そのどうしようもなく嬉しい気持ちを伝えるには、些か勇気というものが足りなかったりする。

「青八木が好きなもの?」

手嶋はノートに視線を落としたまま聞き返した。このパーマ、人と話すときはきちんと目を見て話せと教わらなかったのだろうか。それとも何か。視線を合わせる価値なんてわたしにはないとでも言いたいのか。いらいらとする気持ちを何とか腹の底に追いやりながら、わたしは引きつった笑顔を浮かべて言葉を並べる。

「ほら、誕生日じゃん。誰も祝ってあげないの可哀想だからさ、何かプレゼントしようかと」
「みょうじっていちいち回りくどいよな」
「奥手と言って」

ははは、と笑った顔を殴りたい。どうしてこんなやつに好きな人が暴露たんだろう。わたしには勇気が足りないが、こいつには優しさだとかデリカシーが不足している。それも意図的なやつ。性格悪っ。

「好きなものねえ」
「仲良いんだからひとつくらい知ってるでしょ」
「そーだなぁ…あ、オレと田所さんとか」
「あはは、死ねばいいのに」
「冗談の通じないやつだな。メシでも奢ってやれば?」

嫌な奴だけど、口にすることはたまにこうして的を射ているように思う。なるほど、ご飯ともなれば沢山の選択肢がある。下手に何かをプレゼントして気を使わせるよりはいいかもしれない。何よりご飯を奢るというのは実にナチュラルだ。友人という枠を飛び越えず、自然に誕生日を祝うことができる。わたしは手嶋に形だけの礼を述べて、早速行動に移すことにした。

放課後はウインドーショッピングを楽しみながら、しかしそわそわとした気持ちで青八木を待った。今頃は部活の後輩たちに祝われているんだろう。朝一で言おうとした祝いの言葉は手嶋に遮られてしまったため、わたしはまだ「おめでとう」の一言も言えてなかったりする。
部活が終わるであろう時間になったのを確認し、待ち合わせ場所に赴いた。メイクバッチリ前髪オッケー。手鏡を閉じて鞄にしまう。と、それから数分も経たないうちに学校の方面から待ち人が現れた。

「あれ、歩き?」
「みょうじがいるから。帰り送る」
「そんなのいいのに」
「ダメだ。女の子ひとりは危ない」

顔が熱い。今が冬で、日の落ちた夕方でよかったと心底思った。
ファミレスに着くと広々とした四人席に通された。気分的には夜景の見えるレストランに連れて行きたいくらいだが、現役高校生にはこのあたりが限界だ。部活をする男子高校生の食欲は計り知れないが、その辺は抜かりない。日々のバイト代はこの日のために貯めたと言っても過言ではないからだ。けれど、やはり青八木は青八木だった。彼が注文したのは安価なドリア一品のみ。誕生日なんだからもっと欲を出せばいいのにと思う。わたしはメニュー表を奪い取って追加で三品ほど注文した。初めこそ遠慮気味にしていた青八木だが、料理が運ばれてくると、その匂いに負けてか結局は食べてくれた。

「誕生日って、いいな」

食後のデザートを食べながら、青八木はぽつりと口にした。

「みんなが祝ってくれる」
「そりゃあ、誕生日だし…嬉しい?」
「ん」

こくりと頷く姿を前に、わたしの心もほんわか温かくなる。口数が少ない青八木だけど、ここに流れる沈黙でさえも心地がいいものに思えてくるから不思議だ。
ファミレスからの帰り道は家の近くまで送ってもらった。誕生日に家まで送らせるなんてどうかとも思ったが、わたしからしたらまたとないチャンスである。今こそ伝えて、これを渡すべきだ。これから思いの丈を吐きだすわけでもないのに、鞄の中の袋を取り出す手は震えていた。

「気にいるかどうかわからないけど、これプレゼント。…誕生日、おめでとう」

差し出したのは、青八木を待っているときに購入した誕生日プレゼントである。大きな星がプリントされたマグカップ。一目見た瞬間これだと思い即座にレジに持って行った。赤いリボンを解き中身を取り出して、「ありがとう、大事に使う」そう口にした青八木はどんな表情をしているのだろう。声色からして迷惑がってはいないみたいだ。うん、それだけで満足。渡せてよかった。

「みょうじ、左手」
「は、左手?」
「じっとしてろ」

赤いリボンがくるくると薬指に巻きつけられる。言われるがままに手を出し、静止した、わたしの頭はきっと現状を理解しきれていない。

「みょうじのおめでとうが一番嬉しかった」
「えっと、…うん?」
「来年も再来年も、その次も、ずっとおめでとうって言って欲しい」
「……、」
「いやだったか?」

左手の薬指に巻かれたリボンがひらりと擽る。なんだ、それ。青八木の言ってること、勘違いも甚だしいけど、まるでさ。

「…プロポーズみたいじゃん、」

街灯に照らされた表情は今度こそ隠しようがない。「うん、そのつもり」照れたように言う彼は、わたしの左手をぎゅっと握っている。それに応えるように握り返せば、指先から温かい体温がじわりと心まで届いた。生まれてきてくれてありがとう。なけなしの勇気を振り絞って伝えた気持ちは、小さいながらも彼に届いてくれただろうか。



2014年青八木誕
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