誰かを好きになって、アプローチして、それから告白。付き合うことができたらそれは成功だと言えるけど、振られたとしたらそこで終わりだと思っていた。ある一定以上の関係性しか望めないのなら諦めるが吉だ。無謀な努力はしたくない。労力の無駄だ。しかしどうやらそれはわたしに限った考えだったらしく、黒田くんに至ってはそうではなかった。落としものを拾ってくれたというだけで恋に落ちた彼は、見てる人が恥ずかしくなるようなアプローチをいとも簡単にやってのけ、ついぞ告白までこじつけた。しかし相手の答えはノー。後輩には興味がないという辛辣な言葉に心を折る様子もなく、今に至るまで告白前と変わらないアプローチをし続けている。

「この前話してた美術館、行ってきました。オレあの画家の絵結構好きです」

その相手というのが他でもない自分自身であるから困る。黒田くんはこうして三年生の教室にやってきては、何かしらの話題を振って帰っていく。昨日はわたしが好きだと話した小説の話題だったか。マイナーな小説だから、感動を共有し合える相手がいることはこの上なく嬉しい。しかも黒田くんは所謂触りだけというわけではなく、本当にそれを好きになってくれる。だから悪い気はしない。けれど何だが申し訳ない気持ちになるのも確かであるというか。

「黒田くん絵とか興味あるんだ」
「そりゃあなまえさんが好きなもんですし」
「あ、そう」
「反応うすいっすね」

不機嫌そうに頬を膨らます仕草は可愛らしいと思う。可愛らしい、そこ止まり。申し訳なさを抱く。多分、わたしは黒田くんをそういう意味で好きになることはないと思う(彼はその多分だとか、思うの部分を信じているわけで)

「髪伸びたよね」
「伸ばしてるんです」
「なんで?」
「だってなまえさん、この前耳が隠れるくらいのやつが好みだって」
「…言ったっけ?」
「頼みますからもうちょい自分の発言に責任持ってくださいよ」
「鵜呑みにしないほうがいいよ」
「タチわりぃ」

呆れたように笑った黒田くんだったが、またやってきた沈黙の中で「あー」とか「そのー」とかとりとめのない言葉を口にし始めた。伸びた前髪を触ったり、かと思えば人差し指で鼻をこすってみたり。彼にしては珍しく余裕がないような、そんなふうに見て取れる。心なしか顔が赤いのは気のせいではない。その姿を見ていたら何だがこちらまで恥ずかしくなってきて、わたしは柄にもなく赤面した。気づかれないように顔を伏せ、目の前の活字に意識を向ける。黒田くんのドキドキが移ってしまったのか心臓の鼓動がやけに速い。

「葦木場って知ってますか」
「あーの背が高い子」
「あいつがくれたんですけど、…どうすか」

目の前に差し出されたのは一枚のハガキだった。映画の試写会が当たったという旨の知らせである。これはおいそれと当選する代物ではないはずだ。せっかく当てたのに、葦木場くんは見に行かないのだろうか。そんな心配をしながらも、わたしは試写会の文字を見つめる。欲望には勝てない。何と言っても前々から目をつけていた映画の貴重な試写会である。

「行きたいなあ」

思わず呟くと、「っしゃ!」という声が黒田くんの口から飛び出た。ああそうか。葦木場くんを差し置いてわたしが試写会に行くとなると、結果的にデートという形に収まるのか。いやしかし釣った魚は大きい。グッジョブだよまったく。

「葦木場くんにお礼言っておかなきゃ」
「そうっすね!」
「いやわたしのはそういう意味じゃなくて、…変な期待しないでね」
「え、なんでですか」

なんでって、そりゃあわたしにその気がないからであって。答えようか答えまいか迷っていたら、黒田くんは顔をほんのりと赤らめながら言った。

「しますよ、期待。好きなんで」

その台詞に、わたしは完全に赤くなった顔を本で隠す。勘違いしないでほしい。彼の熱が少しばかり移った。誰がなんと言おうがそれだけだ。



20140217
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